もちふわベリークリームパンケーキ1350円
佐藤シンヂ
もちふわベリークリームパンケーキ1350円
「あまあま極道さんたらすうぃ〜つとのツーショットも映え映えなんて想像以上のすうぃ〜つ極道さんなのだわ!ほらほらもっとすまいるになって♡」
こんな……天使のような笑顔で悪魔的な要求をされるとは……。いやそもそも、こんな甘ったるい店に自分を引き摺り込んだ時点で悪魔的であるが……。
「……写真はご勘弁を」
「んまあ♡心配しなくともあどらぶりぃ極道さんのお写真はぜーんぶひめちゃんが独り占めするから安心なさって!」
見るからに堅気でない自分のそんな写真を撮って何が嬉しいのかつくづくわからない。実妹とは言えこの子が生まれる前に生き別れてしまっているのだから、多少わからない事があるのは仕方がないのだが、日々接するうちにこの子の趣味は理解の範疇を越えている。あどらぶりぃ(最上級にかわいいという意味らしい)などと言われても全く頷く気にもなれない。
写真を独占……つまり誰にも見せないというなら有り難いが……そうでなく。
「そういう心配でなく……その……」
「ん〜〜極道さんてばいつもよりがちがち極道さんなのだわ。お腹が痛いのかしら?」
「いえ……ただこういうのは……自分以外の人間を誘えばよかったんじゃねェかと思いやして……」
「こういうのって?」
「こ……この……かっ……かっ………ッ」
「か?」
目の前には3段に積まれた柔らかそうなパンケーキ。その上には30近い身としては目に毒な、大きめのアイスと生クリームが載っており、更には生地の間にも挟まれているという徹底ぶり。また一段目と皿の周りには、赤いシロップが滴る苺がたくさん添えられているのだが……問題はこの苺と突き刺さっている串の形だった。
須くハート型。それも串には「LOVE」などと書かれている。これは見るからに、まさしく……。
「かっッッッ……プル……限ッ……定、メニュー………をッッ……!!」
「んまぁああ〜♡♡♡カップルなんて言葉にすら恥じらうなんてどこまであざといのかしら!うぶうぶ極道さんたら本当にぴゅあっぴゅあです・て・き♡」
「〜〜〜ッッ………」
こういったカップル限定メニューというヤツも、女がどうしても食べたいからと男友達を誘って入店して頼む、なんて話も聞かないわけではない。
自分とえひめは兄妹だが、こんな極道者に身を窶した己を兄などと名乗れるはずもなく、だからこそ偶然再会してしまっても自身が兄であると一度も明かしてこなかった。この少女からすれば自分は他人であり……多少親しくなった男……以前は「お友達」と呼んでくれたが……何かと自分に懐いてくれるので憎からず思ってくれているのはわかる。
だが、だからと言って、これはどうなのか。自分で言うのも何だが、こめかみに傷跡をこさえ、ガラの悪い髭を伸ばし、サングラスまでかけているなんて見てくれはどう見たってその筋の人間そのものだし、この店には全く似つかわしくない。しかも一方のえひめは可れ……小柄な中学生。容姿のギャップというか人目がどうとかも考えなかったのかこの子は。どう考えても人選ミスだろう。よく通報されなかったなと驚きを隠せない。
考えれば考えるほど言うべき言葉が溢れてくる。やはり自分はこの子に押され……いや甘すぎだ。今回は仕方ないとして、こういうことはこれっきりに……。
「でも自分以外だなんて、そんなこと仰らないで?ひめちゃんは他でもない極道さんを誘いたかったのだわ!だからそんなにがちがちにならず一緒に楽しんでくれたら嬉しいのだわ♫」
「……そう……ですか」
……情けない。なぜこの笑顔一つで溢れ出そうになった説教を全て飲み込んでしまうのか。この子のためを思えばこの繋がりすらも断つべきで、せめて遠くから見守るだけに留めた方がいいのに。
えひめはにこにこ笑っていたが、自分がじっと見つめていると急に眉を下げて悲しそうな顔になる。
「それともひめちゃんのお誘いはお嫌だったかしら?」
「ッ、……有り得やせん、こんなつまらねェ男にお気遣い頂き感謝してまさァ」
「つまらないなんてそれこそ有り得ないのだわ!しぶしぶ極道さんはとっても素敵な殿方よ?さぞかし色んなお姉様におモテになっていたに違いないのだわ!」
当たっているでしょう、と言わんばかりの期待に満ちた顔だが、生憎とそんな目を向けられるような遍歴はない。
「いえ……恥ずかしながら自分は人を楽しませることにゃ向いていねェようで……それはもう愛想を尽かされてきた甲斐性なしでさァ」
年端もいかない妹に何を言っているのか……兄としても男としてもつくづく情けない。……そもそも自分はこの子の前では悉く情けない姿しか見せていないので、今更かも知れないが。
「んまぁ…きっと堅実でうぶうぶな極道さんが物足りなく映ってしまったのね……でも安心なさって?ひめちゃんはそんなマジメで思いやりのあるあどらぶりぃな極道さんが大好きだもの!」
無垢な笑みで、直球な好意を口にされてしまう。思わず口角が震えてしまい、感情が漏れそうになる。それを隠すように頼んでおいたブラックコーヒーを口にした。
「いっそのこと、このままあべっくなカップルになってしまいたいくらいなのだわ!」
「ぶッッッ!?!?」
一層台無しになった。なぜこの子は次から次へとカチコミよりも心臓に悪いブッ込みをかけてくるのか。
「お嬢さんッ、いくらなんでもそれは……ッッ!!」
「んっふふ〜冗談なのだわ♡ぴゅあぴゅあ極道さんたら♡」
……実の兄妹と知っているのは自分のみ。それはわかっていたのに、こんなにも動揺してしまうとは本当に、心の底から情けない。これが別の少女であれば小娘の冗談はやめろと軽くあしらうこともできるのに、「……失礼しやした」と謝ることしかできないとは。
「でもそんなすうぃ〜つな極道さんもステキよ♡」
本当に変わった子に育ったものだ。こんな強面が一喜一憂する様をそうやってにこにこ笑って楽しんでいるのだから。だがそんな彼女に危ない言葉で揶揄われたり好き放題に振り回されてなお、全く怒る気も沸かない自分もまた相当毒されていた。
「さあ、そろそろ頂きましょう!アイスが溶けちゃうのだわ!」
「……ええ……」
奔放な彼女に流されるがまま目の前のパンケーキを見る。店の甘ったるい空気にこれまた甘ったるいものの積み重ね。以前なら重い胸焼けを起こしていただろうが、今はさほど酷く感じない。この付き合いで相当鍛えられたようだ。
「極道さん、ひとくちめをどうぞ。あ〜〜〜ん♡♡」
同時に、差し出されたハート型の苺が載った一切れを拒めない程に躾けられてしまってもいる。サングラスのお陰で表情が読みにくいのがせめてもの救いか(この子のことだからそれすらも読んでいる可能性はありそうだが)。凡ゆる羞恥と葛藤を飲み込み、諦めを添えた心を胸にひとくちめとやらを素直に受け入れる。
「お味はいかが?」
「………甘酸っぺェですね」
我ながらなんとも冴えない、そのままの感想だ。けれどえひめはそんなつまらない兄ににっこり笑って、
「ええ、カップル限定だもの♡」
などとまたあざとく、刺激的な言葉を放つ。
「………そうですね」
本当に、正反対な性格に育ったものだ。
だがこの甘ったるい交流を経て抱いた気持ちはそればかりでなく、こんなにも健やかに育ってくれたのだという安心感をもたらしている。
何ともまあ……ひどく甘酸っぱい心地だ。
もちふわベリークリームパンケーキ1350円 佐藤シンヂ @b1akehe11
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