ちょっと、疲れすぎちゃった人達へ

トイノリ

ちょっと、疲れすぎちゃった人達へ

会社を辞めて三日目。

ぼくは港のベンチで、ポケットの中のレシートと貝殻を見比べていた。


「……どっちもお金にならねぇなぁ……」


そんなときだった。背後から、ぬるっとした声が聞こえた。


「……おにいさん、イキ、てます……?」


振り返ると、立っていたのはちょっとヨレたスーツ姿の中年男性。

顔色はグレー寄り、髪は湿気でべっとり、なんか匂う。

でもスーツのネクタイはきっちり締まっていた。


「……うちらのしま、キマセンカ……? しごとも、ないけど……シズカ……です」

「仕事ないんだ……」

「うん……ゆっくり……くちていく……」


なんか刺さった。

気づいたら朽ちかけた船に乗っていた。



島に着くと、まず牛が歩いていた。

牛だと思ったらおじいちゃんだった。


「ぐえぇ……ゴメンネ、よつんばいでいどうちゅうなのぉ……」

そう言って軽トラに乗って帰っていった。運転はひ孫らしい。



民宿の玄関では、おばあさんがドアのすき間からひょっこり顔を出してきた。

えー……目玉か片方垂れてるんだけど。

そしてちょっと臭い。


「いらっしゃ〜い……うちはちょうしょくなしよ〜……でもナゾのゼリー、あり……」


「ナゾの?」

「ゼリー、えいようマンテン〜……」




夜、村の集会が開かれていた。

議題は「玄関に置きっぱなしの脚は誰のものか」。


「それ、オマエノ? じゃな〜い?」

「いやいや、ワチのあしはもっとヒダリマガリ〜」


全員が一度立ち上がり、脚を確認し始めた。

最終的に、脚は花瓶として使われることになった。

どうやって? え、刺すの?



翌朝。

「延泊できますか?」と聞くぼくに、宿のおばあさんが言った。


「うれしいわぁ〜、サイキンワカイヒト、こないのヨォ〜……」

「実は、死んだような目してたら誘われたんですよ」

「ソウイウこ、うちのしま、ダイカンゲイよぉ〜〜!」


そこへ隣のおじさんが腐敗臭を振り撒きながらのっそりやってきて、

「……キミ、なんかくさってるかんじがして、こうかんもてる……ギヒ」


それ、褒め言葉でいいんですか?



今、ぼくは週に三回、民宿の帳場を手伝っている。

時給はナゾのゼリー(栄養マンテン)。

身体は腐ってないけど、気分はけっこういい。


今日も島はのんびりしている。

誰も急がない。だってみんな、もう十分急ぎすぎて、いきすぎていたから。


「ユックリいこうぜ〜、ドウセ、クフ、クギ、クチルダシ〜」

「くちりながらこそ〜、ジンセイ〜〜」


しょうじき、はじめて“いきてるな”っておもった。

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ちょっと、疲れすぎちゃった人達へ トイノリ @teru_go_go

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