第3話 薬師、説得する

 鷹との間に割って入り、少年を後ろ手に庇う。


 普通の鷹が言葉を話すわけがない。この鷹は魔法使いの使い魔だ。


『驚かせて悪いなお嬢さん。俺は今遠方から離れられない状況でな。使い魔越しに失礼する』


 想像していた父親像より礼儀があり、話が通じやすそうだ。だが相手は同じ魔法使い。情報秘匿するほど用心深い相手だ。油断できない。


 シルフはこいつにどれだけ私のことを教えた?あの子たちはお喋りだから一番重い縛りをかけた情報以外は最悪筒抜けと考えた方がいいかもしれない。


『カーラヴィス!助けて!』


 少年に捕まっていたシルフが鷹に向かって助けを求める。


『戻ってこないと思ったら捕まっていたのか。姿を消していろと言っただろうに……。俺が直接話してるんだもう放してやりなさい』


 鷹がそう言うと少年は素直にシルフを解放し、シルフはさっさと窓の外へと逃げた。


『お嬢さんのお名前をお伺いしても?』


「まず自分から名乗るのが礼儀なのでは?」


『それもそうだな。息子の恩人に失礼した。最近は自分から名乗ることがあまりなくて忘れていた、ハハハハハッ』


 なんか調子狂う人だな。


『だが、今は都合が悪くてな。そうだな……、ここでは精霊どもから呼ばれる隠し名【精霊の愛仔カーラヴィス】を名乗らせてもらおうか』


 隠し名――精霊は特徴や称号なんかを勝手に名前のように呼んでくる。この人の場合――精霊の愛仔カーラヴィスというのはかなり大層だ。基本的に彼らは気まぐれで利害や契約を重視する。そんな精霊が『愛仔』とつけるほどにこの人は精霊に気に入られている。


 精霊に気に入られることは魔法使いにとって重要なことだ。彼らが協力してくれなければ魔法使いは魔法を使えないのだから。


「わかりました。では私のことは【移ろう者フォルトナ】とお呼びください」


『わかった。では改めて息子を救ってくれたこと感謝するフォルトナ』


「いえ……」


『やはりお前を外に出すのは間違っていた。まさかカミーナに入ってまで襲ってくるとはな』


 襲ってきた、か……。語感からして相手は魔物ではなく人だろう。訳ありだとは思ってたけど命を狙われるほどのことか。


 この国では違法だが、人身売買という可能性もある。珍しい黒髪に気づかれているか不明だが、半精霊の子。さらに金持ちが気に入りそうな容姿をしている。何年かまではジルヴェスタ王国も人身売買が合法だったはずだからその残滓が残っていてもおかしくない。


『魔物が活発化する時期の前だからソフィーも今は害虫の炙り出しに割く人員はないだろうし王都に戻っておいで。お前を外に出すのは間違っていた』


 私の後ろに隠れる少年は裾をギュッと掴む。


 他人の親子関係に口出しはしたくないけど、子供を閉じ込めるような親に返してもいいのだろうか。


「お言葉ですが、今この子に必要なのは休息と治療です」


 鷹がピクリと反応を示す。


「この子は今、酷く弱っています。とても王都に行けるような体力なんてありません!」


『案ずるな。戻る事を秘匿するためにも魔法で転移させる。今後はお前を害する一切から守ろう、戻っておいで。ディアも……お前の母もそれを望んでいる』


 鷹が転移の魔法を詠唱する。


 使い魔越しに魔法を使うなんて高等技術が使えるなんてこの人何者よ!?というか私ごと転移させる気!?


 眩い光が消失する。


『なぜ邪魔をした?』


「私、あなたに『行く』って言いましたっけ?」


『治療ができるのだろう?ならば共に来い』


 な、なんて強引な人なの!?


「人の話しを少しは聞くべきでは?私もこの子もあなたの元へ行く意思はありません」


『何?』


 鷹は少年の方を見る。


「もう少しいる……誰にも伝えないで……」


『はぁ……仕方ない……。この使い魔にもう一度転移させる魔力もなくなってしまったからな。好きにするがいい』


 使い魔越しであるにもかかわらず、鷹からプレッシャーを感じた。


移ろう者フォルトナ、しばし息子を預ける。ただし、その子を傷つけてみろ。その時貴様の命はないものと思え』


 バサバサと大きな羽音を立て鷹が飛び立つ。


『礼は改めてするが、これはは前金として受け取って欲しい』


 今度は鷹自身が強く発光し、その身を数多の宝石類へと変えた。


 確かに宝石は触媒に使えるけど、この村で暮らしているとほとんど魔法なんて使わない。さらに換金できるような場所もない。せめてお金が欲しかった。


 脅迫とお礼を同時にして宝石石ころを渡すとか……。場所をわかってても文化やその土地の生業を知らないようね。


 少年の父親カーラヴィスは思ったより話の通じる人だった。私の両親とは大違いなほど。


 言葉の端々から過保護な気質が見えていたから悪い人ではない気がする。この子の言葉だけじゃ誤解があったのかもしれない。


 とはいえ、しばらく預かることが決まった。期間がいつまでと言われなかったけど、あの過保護そうな親が長期間他人に任せるとも思えない。


 まあ、それまでには元気な姿で送りだしたいな。


「そういえばラキュースも隠し名よね……本当の名前はなんていうの?」


深淵の仔ラキュースでいい」


 まあ、命狙われていたのに大っぴらに名前で呼ぶとここにいますよ、って言っているようなものか。


 服の裾をクイクイと引かれた。


「ごめん、なさい……。迷惑かける……けど、ここにいさせて……」


 拙い言葉で不安そうに頼む。


 今更追い出したりはしないけど、確かに命を狙われているなら最初から言ってほしかった。


 しかし、この村なら皆顔見知りだから余所者がくれば村全体が気づくから襲撃犯も大手を振って入り込めない。自然と暗殺という手段になるだろう。そうなるとやはり私の側にいた方が安全だ。


 自分でいうのもなんだが、田舎薬師には必要ない知識や技能の方が卓越している自信だってある。ようはやりたいかやりたくないかだ。


 事情はおいおい聞くとしても子供の命が脅かされていいわけがない。


「心配いりませんよ。私こう見えてとっても強いんです!熊や魔物とも戦えます。ここにいても大丈夫ですよ」


 私が先生に拾われた時のように頭を撫でた。


 するとラキュースは私の手を取って手の甲に口付けした。


「ありがとう、エレン」


 な、か、かわいい!


 ぎこちない微笑みはなんとも将来性を感じる。きっと将来は女の子を一瞬で骨抜きにする美青年になるに違いない。


 じゃなくてあの鷹親父、子供に何教えてるのよ!


「ら、ラキュース……。この村での過ごし方はこれから少しずつ教えるけど他の人に今のをやってはだめですよ」


 逡巡し、こくりと頷いた。


 納得してくれたならいい。このままだと諍いが起きかねない!

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薬師エレンの拾い物 文月 夜兎 @Ray_07

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