邪悪な魂に浄化の光を!

第25話


 ふわっとなびくカーテンの隙間から薄っすらと人影が窺える。

 発せられた光が消えていくとともに、なびいていたカーテンも閉じていく。

 高らかな笑い声もそこで止み、途端に静まり返った。


 一瞬の出来事に思考が追い付かず、カーテンの陰に見える人影を呆然と見つめていると、ベッドの上で単行本を構えていた七子ちゃんが持っていたそれをベッドに置いて、枕を抱きかかえながらソファまで走ってやって来る。


 私の脚の間は定員オーバーのため、七子ちゃんは仕方なく三夕ちゃんの脚の間に収まり、4人でカーテン越しに見える人影の動向を警戒する。


 両者とも声も発さず動きもせず、ただひたすら静寂に包まれるなか、私は少しずつ状況の整理を試みていた。


 あの人影、声から察するに少女?が持っていた棒から光が発せられ、二度目の発光のあとに笑い声が響いた。そして今は何故かピクリとも動かない。


 きっと、こちらが動いたらあっちも動きを見せるはず。

 また光で目くらましされたらたまらないけれど、このままでいるわけにもいかず、ひとまず部屋の照明を付けようと抱いていた瑠琉ちゃんから腕を解く。


「ねえ瑠琉ちゃん」


 念のため小声で瑠琉ちゃんに声をかけたが、なんとかカーテンの少女は動かずにいてくれて、瑠琉ちゃんも小声で返してくれた。


「なに?」

「部屋の電気付けたいから、退いてほしいなぁって」

「じゃあ瑠琉が付けに行く」


 ゆっくりと立ち上がった勇敢な瑠琉ちゃんは、カーテンの方を警戒しながらクローゼット横にあるスイッチの方へ向かう。

 そして部屋が明るくなった瞬間、カーテンに隠れた少女から「うぎゃぁー」という呻き声が発せられ、カーテンがゆっくりと開かれていく。


「う、やるな人間ども、この我を倒すとは。……ぐふ」


 予想通り正体は小柄な少女だった。また可愛い地縛霊ちゃんかな、と思う余裕もなく、いきなり発した意味不明な一言で私含め4人はまた呆然と固まる。


 胸を抑え足を引きずりながら数歩歩いて出て来て、その場で膝から崩れ落ちラグの上にうつ伏せで倒れ込んでしまった。


 まだ、あれが幽霊と決まったわけでは無い。

 もしかすると中二病を極限まで拗らせてマンションをよじ登って来た中学生かもしれないし、仮にそうだとしたら今目の前で倒れられるのはまずい。

 他の地縛霊ちゃんたちが目を丸くして驚いているから、最初から友達だったみたいに仲良くしているみんなとは面識がないということ。だからこそ幽霊ではないと思ってしまう。


 そーっとソファから立ち上がり、慎重にその少女の元へと近付く。


 傍まで行ってしゃがみこんでもピクリとも動かなかったため、背中に手を伸ばし揺すってみた。やはり体温は無くひんやりした身体は、その子が間違いなく幽霊だと証明するもので、Tシャツ越しに感じる柔らかさと華奢な身体つきに煩悩も目を覚まし始める。


「ねえ、君。大丈夫?」


 声をかけると、その少女は顔だけをこっちに向けた。


「なんだ貴様」

「……え?」


 この子は一体……。表情から見るに苦しそうにしてたのは演技だと分かるけれど、いきなりの貴様呼びはどうなんだ。


 かっこつけたようにむすっとした顔もやっぱり幼くて可愛らしいから、その態度に困惑することはない。身長は瑠琉ちゃんとあまり変わらないくらい小さいし、ぎゅってしたい欲はある。

 ただ、この中二病幽霊が不審すぎて戸惑っているだけ。


「わ、私は、えっと、多摩川椎菜だよ。君の名前は?」

「なんだと、貴様が多摩川椎菜か!」


 急に大声をあげて起き上がり、私の目の前に立つと腕を組んで見下ろしてくる。


「我は谷坂たにさか涼葉すずはだ!」

「涼葉ちゃんね、了解」

「わーはっはっはっはーーー!!!」


 また高らかに笑うこの子に、これ以上まともな会話を求めて良いのだろうか?

 一応質問には答えてくれたしきっと大丈夫。そう信じてひとまず私も立ち上がって涼葉ちゃんに質問を続けた。


「ねえ、涼葉ちゃんはどこの地縛霊ちゃん?」

「貴様!我をアンデッド呼ばわりする気か!」


 駄目だ、この子とは会話にならない。


 ふとカーテンも中古品だったと思い出す。


「カーテンの地縛霊?」

「これ以上我を愚弄するなら、ホーリーライトニングで浄化するぞ!」


 まず、そこだ。

 さっき持っていた棒はカーテンの傍に放置されていて、よく見ると先端に魔石を模したような紫の球が付いている。棒自体は木製で、ぱっと見でもあれが魔法使いの杖だと分かる。

 まず、あれの話題に触れてみよう。その方がこの子も乗ってくれそうだから。


「涼葉ちゃんって、魔法使いなの?」

「我を人族の魔族もどきと一緒にするな!」


 人族ですらなかった。


「魔族なの?」

「我は魔王だ!」


 魔王がホーリーライトニングで浄化をしているらしい。


 いや、どんな世界観だよ。


 ……まあ、探せば魔王が主人公で勇者が闇魔法を使う敵っていうラノベもありそうだけれども。


「そっかぁ、涼葉ちゃんは魔王ちゃんなのね~」

「多摩川椎菜!我を愚弄した報いを受けてもらうぞ!……邪悪な魂に浄化の光を!ホーリーライトニン……あれ?」


 涼葉ちゃんは手に杖を持っていると思っていたらしく、私の前に掲げようとしてあげた空の手に焦り始める。

 杖ならあそこに~と教えてあげようとしてカーテンの方を見ると、スタスタ歩いて来た瑠琉ちゃんが杖をひょいっと拾い、「これ?」と言って涼葉ちゃんの元へと持って来てくれた。


「誰だお前!」


 やはり涼葉ちゃんはこの活発な瑠琉ちゃんとも面識がないようで、瑠琉ちゃんに気付いて後ろに引き下がる。


「涼葉?のだよね、この杖」

「魔王の杖を奪ったのかこの愚者め!返せ!我の心臓を返せ!」


 杖なのか心臓なのかよく分からないけれど、瑠琉ちゃんは、にこりと笑いながら「はい」と杖を両手で手渡す。

 勢いよく奪い返した涼葉ちゃんは、また高らかに笑い、限界中二病少女の作り出した混沌が部屋中に広がる。


 ……もう、どうすれば良いの?


 ふと悩んでいると、1週間前の記憶を思い出す。

 七子ちゃんと出会ったあの夜、外から差し込んだあの光も、この魔王幽霊ちゃんが放った光だったのではないだろうか。


 あれから1週間も出て来ず、今日こうして出てきた理由は?

 そのせいでみんなと面識もなかったのだとは思うけれど、この1週間ずっと実体化を解いて、一緒に洗濯を干してくれていた瑠琉ちゃんにもバレずに隠れていたのか?


 試しに「どうして今まで出てこなかったの?」と訊いてみると、急に真面目な表情に変わり下を向きながら答えてくれた。


「死んで幽霊になったら光魔法を使えるようになってたんだけど、どうゆう設定でみんなの前に出ようかずっと考えてたの」


 ……その結果が魔王らしいです。


 でも、そう答えてくれた涼葉ちゃんがただの少女に見えたおかげか私は少しだけ安心できた気がして、勝手に身体が動きそのまま何も考えずにぎゅっと涼葉ちゃんを抱きしめた。

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