怪奇現象の正体
第15話
ゆっくりとその少女がいるソファへ近付くと、瑠琉ちゃんの姿も目に入る。
瑠琉ちゃんはその少女の膝を枕にして横になり、少女の顔を見上げていた。
「あ、あの~」
恐る恐る声をかけると瑠琉ちゃんだけが反応して起き上がる。
「椎菜、ご飯できたの?」
「あ、うん、できたけど……」
「おおお!!親子丼だー!!」
勢いよくソファから立ち上がった空腹幽霊ちゃんは、ソファの脇に佇む私を差し置いて、テーブルのいつもの席へと座りに行く。
お盆の上から多めに盛られた自分の分の親子丼とスプーンを取って、「いただきまーす」の言葉と同時に掬ったそれを口の中へと運び、美味しかったのか飲み込む前に二口目、三口目とかき込む。
ソファにいるこの少女が気になって仕方がないが、まずはご飯を食べなくては。
私や瑠琉ちゃんの言動に微動だにもしないこの少女より、幸せそうにご飯を食べる瑠琉ちゃんと一緒に食事をすることの方が重要だから。
瑠琉ちゃんの向かい側の席に座り、自分の分の親子丼を取ろうとすると、瑠琉ちゃんが食べるのを中断しお盆の上から私の分のそれを取って、スプーンと一緒に私の前へ置いた。
「はい、椎菜の分!」
「ありがとう、瑠琉ちゃん」
無意識に緩んだ瑠琉ちゃんのその笑顔が、本当に愛おしい。
口の周りに具材の玉子のかけらをくっつけながら私を思って気を利かせてくれるお利口幽霊ちゃんを、今すぐ抱き締めたい。
掬った親子丼を口へ運びながら瑠琉ちゃんを眺めていると、ふと視界の端に居るセーラー服少女の方へと視線が動く。
「ねえ瑠琉ちゃん」
あとで本人に訊くつもりではあるが、何故か膝枕で寝ていたこの子に先に訊くべきと思い、視線を奥のセーラー服少女に固定しながら瑠琉ちゃんに尋ねた。
「あそこにいるのって、どちら様?」
「なに?ってか椎菜どこ見てるの?」
私がそう言うと、瑠琉ちゃんは後ろを振り返りすぐに私の方に向き直して親子丼の残りを掬う。
「
なるほど、三夕ちゃんって言うのか。
それに中学3年生かぁ。……いや、そうじゃない。
どうして中学生が私の家のソファで平然と座っているんだ。
しかも、瑠琉ちゃんと仲良し。
……ということは、正体はひとつしかない。
「あの子も幽霊なんだよね?」
すぐに反応が返って来ず、瑠琉ちゃんの方に視線を戻してみると、親子丼を綺麗に平らげ「ごちそうさま」と手を合わせてから大きなあくびをしていた。
間違って多めに盛ってしまったから、瑠琉ちゃんが消えてしまう。
お願いだから私をあの三夕って子と二人っきりにしないで。
心の中でそう思い無意識にスプーンを置き席を立つ。
「瑠琉ちゃん、消えちゃうの?」
テーブルの上に置かれた瑠琉ちゃんの左腕を捕まえながら、焦ったように瑠琉ちゃんの傍へと移動する。
「うん、お腹いっぱいで眠いから」
今にも瞑りそうな目で私を見上げてくる満腹中学生の口元へそっと手を伸ばし、口の周りに付いた玉子のかけらを人差し指で拭った。
そして指に付いたその玉子のかけらを舐めて処理する。
なに?と瞑りかけた目を少しだけ開け、私をじっと見てくる瑠琉ちゃんの頭を撫でていると、また大きくあくびをしてから消えてしまった。
ふと静まり返った室内を見渡し、ベッドに七子ちゃんもいないことを確認してから、ソファで未だ1ミリたりとも動いていない放心幽霊に声を掛けてみた。
「あの~、三夕さん?」
まるでホラー番組にでも出てくる幽霊のように、その子は非常にゆっくりと首を動かし私の方を向く。テーブルの脇に佇む私と数十秒間無言で目を合わせた後、「はい」と返事をする。
「あ、あ~、えっと。あなたも地縛霊さん?」
その子はまたゆっくりと首を動かし、コクリと頷く。
「……」
今いる場所から考えると、この子はソファの地縛霊ということになる。
この家に三人目の地縛霊がいたことが衝撃すぎて、もはや言葉が出ない。
私から何も言って来ないと分かった無口幽霊さんは、またテレビの方を向き直す。
七子ちゃんと瑠琉ちゃんを見てきて感覚がおかしくなっていたのか、この子はどっからどう見ても幽霊だ。
けれど、綺麗に真っ直ぐと伸びた黒髪のロングヘアーと整った前髪が、あまり幽霊っぽさを感じさせない。生前に手入れをしっかりしていたのか、余程良い家庭で育ったのか。
幽霊なのに内からも外からも生気が溢れる瑠琉ちゃんとは少し違うが、この子は遠目なら普通のお嬢様中学生に見えなくもない。
「お隣、座っても良い?」
そう尋ねると、今度は私を見ずに頷いた。
私は慎重にその子の隣に行き腰掛ける。
「あなたの名前は?」
「……」
「瑠琉ちゃんから三夕ちゃんって聞いたけど、良かったら名字も知りたいなぁ、なんて」
「…………
「伊勢橋三夕ちゃんね。三夕ちゃんは地縛霊なんだよね?」
また私を見ずに頷くその横顔が、本当に美人で可愛い。
幽霊のはずなのに肌の血色良く綺麗で、思わず触れたくなる。
僅かに芽生え始めてしまった煩悩を拳を握ることでなんとか抑え、質問を再開した。
「三夕ちゃんは、ソファの地縛霊?」
「…………そう」
「今は何歳?」
「……それは、享年?」
「え?あ~えっと」
「それとも生年?」
きょうねん……?しょうねん……?
意味は分かるけれど、この単語だけで返されると返答が追い付かない。
そのため、私は適当に返してしまった。
「しょ、生年!」
「なら、今年で38歳」
まじか。……いや、そうじゃない。
「亡くなった時は何歳?」
「15歳」
「どうして亡くなったのか聞いても良い?」
相変わらずテレビの方だけを見ながらも会話に応じてくれる昭和少女に、私はどんどんと興味が引かれるようで、そのまま質問を続ける。
すると三夕ちゃんはようやく私の方に顔を向けて、何故か薄っすらと眉間に皺を寄せ、溜息をつく。
「……多摩川さん、ですよね?」
「そうだけど……?」
「幽霊に欲情する変態なんですか?」
それを聞いて、私は自分の右手が三夕ちゃんの膝の上にあったことに気づく。
「欲情するわけないでしょ、私は三夕ちゃんとお近づきになりたいだけ」
「……まあ良いです」
また溜息をついて前を向いた三夕ちゃんは、私がした質問には答えてくれず、ぼーっと真っ暗のテレビ画面を見つめる。
膝に置いた手を払い除ける様子が無いため、私は少し調子に乗って三夕ちゃんの左手を握り、身体に触れるくらい近くに寄ってみた。
冷たくて柔らかい手はすべすべで白く、髪も間近で見るとつやつやで美しい。
伊勢橋、伊勢橋……。
ふとその名前を頭に浮かべ、三夕ちゃんが亡くなったと思われる、今から23年前を思い返す。
中学の頃に自分の生まれた頃の出来事をパソコンで調べてまとめるという授業があった。その時、私はあるニュース記事を調べたんだ。
「三夕ちゃんって、伊勢橋高医大の理事長のお孫さん?」
この子は、伊勢橋高度医療技術大学の伊勢橋理事長の孫娘なのではないか。
たしか、息子である学長の長女が亡くなったという記事を調べた覚えがある。
私の記憶と推測は正しかったようで、三夕ちゃんは目を見開いて私の方を向き、コクリと頷いた。
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