私好みの常連さん
第13話
「おはようございまーす」
職場に到着し、バックヤードで在庫整理をしていた
「多摩川ちゃん、おはよー」
「在庫整理ですか?」
「土日に店回してた学生さん方が、日付確認しないで補充するからさ~。だからこうしてパートや社員のうちらが平日に整理しなきゃいけないんだよね。ほんと面倒」
私が脚立の後ろの狭いギリギリのスペースを通って更衣室に向かっていると、バックヤードにブザーの音が鳴り響いた。
春日部さんは慌てて脚立を降り、バックヤードから出て行く。
忙しそうだなぁと他人事のように思いながら、自分のロッカーを開けて荷物を入れる。制服に着替えてから事務所に入り、デスクで作業をしていた
「店長、おはようございます」
「あらぁ多摩川ちゃんじゃない。休みは満喫できたの~?」
「はい、まあ土日休みはいつもと変わらないので」
「でも、なんか良いことあったんじゃないの?とっても嬉しそうな顔よ~」
良いこと。たしかにあった。というより、良いことしかなかった。
「まあ、個人的にいろいろと」
「あらそう?それじゃ、今日もよろしくねぇ。土日にお店任せてた学生さんたちが納品された用度品も販促物も放置したままだから、それもよろしく~」
「……はい」
なにしてんだここの学生どもは……。
土日には会わないし夕方に引継ぎで会う程度だから、まともに会話をしたこと無かったけれど、土日や夕方メインで入ってる
少しばかり芽生えた憂鬱感で無意識に溜息が漏れつつ、すぐに息を大きく吸って吐いてモチベーションを取り戻す。
そしてフロアに出て、「いらっしゃいませー!」という挨拶からコンビニ店員の1日が始まった。
レジに入り、夜勤の
休止板を取り並び列の先頭に向けて手を上げ、「お待たせしましたー!」とお客さんを呼ぶ。最初は作業着を着た男性で煙草と缶コーヒーだけ。その次から井田君と同じ大学であろう学生たちが続き、少し落ち着いてきた頃にいつも平日に来る女子大学生が手にプリンとシュークリームを持ってレジへ来た。
「いらっしゃいませー。今日は大学行かれるんですか?」
レジ上に置かれたそれらをスキャンしながら、何気なく会話を持ちかけてみる。
「私は行かないです。部活もサークルも入ってないので」
「それにしても今日は学生さん多いですよね~。まだゴールデンウィークなのに。……じゃあ、これからお出掛けか何かですか?」
店のすぐ近くには大学があり、駅も近い。だからここの店の客のほとんどが大学生で占めている。けれど、今日は月曜日と言ってもまだゴールデンウィークのど真ん中。
3月後半から働いているものの春休み期間はさすがに学生のお客さんは少なかったため、こういう連休の学生の入りが分からない。
「いいえ、これ買って家で食べてから、彼女が帰って来るまで寛ぎます」
「か、彼女!?」
私は商品を袋詰めする手を止めて割と大きめの声で反応してしまった。
「高校から付き合ってる彼女なんですけど、同じ大学に進学して今は同棲してます」
リアル百合カップルがこんな身近におられたなんて……!!
しかも、以前から思っていたけれど、この女子学生さんのビジュアルがタイプすぎて、こうして会話しているだけでも嬉しいのに、さらなる追い打ちを食らったせいで私の百合好きの本能が暴走の1歩手前で足を止めている。
「良いですね、そういうの。……あ、合計383円です」
「彼女もたまにここ来るので、会ってると思いますよ」
「今度、お二人で来てください。私、喜びますので。……383円ちょうどお預かりします」
「多摩川さんも女の子好きなんですか?」
「はい、大好きです」
……私は一体この子に何を言ってるんだ。
女子学生は私の手から商品が入った袋を受け取りつつ、胸元にある名札をじっと見てくる。
「……多摩川さんって、私の高校の頃の担任と同じ名字なんですよね」
「そうなんですか?珍しいからあんまりいないですしね、多摩川なんて」
「じゃ、また明日来ます。ありがとうございました」
担任。高校教師……。多摩川……。
私の母親も高校教師をしているからまさかとは思ったが、そんな偶然あるわけ無い。この私好みの学生さんが母の元教え子だなんて。
でも、もしかしたらそういう偶然もある得るかもしれない。
そう思って、私は帰ろうと出入口の方へ身体を向けたその子を呼び止めた。
「あの!」
「はい?」
振り返ってから袋の中を見たその子が、不備が無いことを確認してから不思議そうに私を見る。
「名前、お聞きしても良いですか?」
「え?あ~、えっと、
「平間さん、また来てくださいね!」
「いつでも来ますよ。……お客さん並んでるので行きますね」
「あ、すみません」
すっかり話しに夢中になってしまい、平間さんが帰ってから並び列を見ると、奥のオープンケースまでずらっと列が出来ていた。
「多摩川さん、ぼーっとしないで!!」
「すみません!お、お次のお客様、お待たせしました!」
隣のレジで大慌てでレジを打つ春日部さんから店内に響くほどの大声でお叱りを受けながらも、私の脳内は平間さん一色に染まっていて、その後しばらく小さなミスが続いてしまった。
12時にパートさんが出勤し、私はなんとか昼休憩に入った。バックヤードで従業員割で買った海苔弁当の蓋を開封して、無意識に箸が伸びたメンチカツを口に運んでいると、帰る支度をしている春日部さんの声が更衣室から聞こえてくる。
「多摩川さんがぼーっとするなんて、どうしたの?何かあった?」
「すみません……。休み明けでまだ寝ぼけてるみたいで」
「まあパートの私が社員の多摩川さんに言える立場じゃないのは分かるけど、もっとしっかりしてよね」
「気を付けます……」
……はぁ。
私は春日部さんが苦手だ。
母と同じくらいの年齢で、性格も母と同じように口うるさい。
海苔が上手く切りにくいご飯を箸で切り、会話を拒否するかのように多めに口の中へ放り込むと、春日部さんは「お疲れ様~」と言ってバックヤードから出て行った。
休憩を終えフロアに出ると、女子バレーボール部のロゴが入ったジャージを着た、ポニーテールの女子学生さんとすれ違う。
いらっしゃいませーと言った私と目を合わせて軽く会釈をしてくれたこの子も、私好みの常連さんだ。
すれ違う度に漂うシャンプーと汗の香りが堪らない。
もしもこの可愛い子が平間さんの彼女さんだったら……。
なんて妄想をしつつレジに入ったタイミングで、その子はあっさりと買い物を終え店を出て行ってしまった。
それから春日部さんの注意を無視したかように、平間さんとあのポニテの女の子のことを妄想しながらぼーっと仕事に取り組んだ。
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