Switch
Butaneko
第1話「トライアングルエニックス」
別れと出会いの4月。ここ、ゲーム会社「トライアングルエニックス」では、新卒採用が行われていた。厳しい採用試験の中、約200名の志願者から、わずか20人しか入社できなかったという。
その中に自分、蒼葉春樹は入っていた。
この会社のゲーム機で遊びながら育った世代だ。無論、憧れのゲーム制作現場に立ち会えて、大はしゃぎであった。
会社内の構造を説明してもらいながら、説明役の人事が口を開いた。
「実は最近、大きなプロジェクトが進行中です。それは…新作のゲーム機の開発です。」
新入社員全員がざわめき出す。それもそうだろう。「トライアングルエニックス」は、前に出たゲーム機、「スマートエニックス」の発売から、もう10年が経とうとしている。
新作のゲーム機なんて、夢のまた夢と思われていた。
「名付けて、『スマートエニックス2』です。まだ仮の名前ですけどね。今、試験プレイ中です。少し、見てみましょうか?」
そう言って人事は、奥の方にある部屋に入って行った。
新入社員たちも、それに続く。
中では、みたことのないゲーム機と、その上の大きなスクリーンには、今プレイされているであろうゲームが映されていた。
「今プレイしているのは、FPS、『ワークアウト』シリーズの新作、『ワークアウト2』です。」
ワークアウトシリーズといえば、長年新作が待ち望まれていたFPSだ。
新作ゲーム機に新作FPS。内容の濃さとゲーム好きとしての嬉しさが入り混じり、なんともいえない気持ちになった。
「スクリーンの下にあるのが、新作ゲーム機『スマートエニックス2』の本体です。これはまだ、世界に2台しかありません。」世界に2台。この響きが、目の前にあるゲーム機の希少性をより一層高めてくれる。
いま、この2台の間で、オンラインマッチのテストを行なっていると人事は言った。
「ほらみてください。ステージにいるのは、もちろん技術開発部の2人だけ。本来8人でプレイするはずなのに、少しおかしい光景ですね。」
人事が少し笑った。笑いの波は、20人の中をつたい、皆ざわざわ笑い始めた。
「あれ、3人じゃないですか?」
新入社員の1人が口を開いた。
「え?そんなはずはありません。だってこのゲーム機は、世界に2台しかないはずです。」
そう言って人事は画面を見た。
画面の上には、プレイヤーの数が映されている。
そこには紛れもなく、3人のプレイヤーが表示されていた。
人事は確認をとりに行く。だが、技術開発部もよくわかっていない様だった。
その3人目はステージを動き回り、技術開発部の2人を銃で撃ち抜いた。
「おかしいな、こんなのプログラムにない。」
「いや、これはプログラムじゃない。明らかに人間だ。」
「そんなはずはない。3人目がいるということは、このゲーム機が3台あるということだ。」
そこで、先ほどまでパソコンをいじっていた女性が、口を開いた。
「ありますよ、3台目。」
その言葉に、部屋全体がざわめき始める。
「どこにあるんだそれは!」
「試験的に作ったのがもう一台あるじゃないですか。」
「あれのことを言っているのか?まさか、ありえない。」
「でも、それ以外の可能性はないじゃないですか。」
3台目がある。この言葉により、さっきまで希少に見えたあのゲーム機が、急にしょぼく見えた。
「うーん、よし、見に行こう。どこにしまってあった?」
「2階の倉庫にあります。」
そして、全員は2階へと向かって行った。
数分後、戻ってきた彼らの口から、とんでもない言葉が飛び出すことになった。
「倉庫にはなかった。というか、盗まれたらしい。」
と、いうことは、あの3人目のプレイヤーが、盗んだということになる。
「これは大問題だぞ!どうしてこんなことになっているんだ!」
技術開発部の全員は、顔を見合わせ、「そんなこと言われても」という顔をした。
その時、技術開発部のパソコン全てに通知が入った。
確認すると、それは一通のメールだった。
「要件:トライアングルエニックスの皆さんへ。」と書かれたこのメールは、怪しい雰囲気をまとい、パソコンの左下に鎮座し、クリックを待っている。
クリックすると、メールの文が画面に表示された。
「トライアングルエニックスの社員の皆さんへ。私は3人目のプレイヤーです。私はある目的があり、この様なことをしています。」
嫌に丁寧な文体に何か嫌悪感を感じた。
「簡潔にいうと、ビルに爆弾を仕掛けさせていただきました。」
爆弾。そのたった2文字が、足裏から頭のてっぺんまでを緊張で包むのを感じた。
「この爆弾は、あなたたちがゲームの中で20回殺されると爆発する様になっています。逆に、私を20回倒すと、爆弾は解除される様になっています。これから3日間のうち、あなたたちには私と対戦してもらいたいのです。警察に通報してもらっても構いません。ビルのドア、屋上への道は、非常用シャッターを降ろさせていただきました。開けないでくださいね。爆発しますから。」
周囲を絶望が包み込む。
その時、非常用シャッターが閉じる音がした。
社員たちは必死に滑り込もうとしたが間に合わなかった。
どうやら他の部署のパソコンにも同じ文が送られていたらしく、社員が廊下に出て、泣き出す者もいた。
「ここから助かるには、奴を倒すしかない。」
3人目のプレイヤーは、余裕そうに動き回っている。
技術開発部はもう一度、彼に銃を向け、近づいて行った。
が、しかし、素早く振り向いた彼によって、2人はあっけなくやられてしまった。
さっきやられた分も合わせ、あとライフは16回しか残っていない。
「なんだこいつ…強すぎる。」
「ちょっと、何やってんの?私たち、死んじゃうかもしれないんだよ?」
「そんなこと言われてもしかたないだろ!」
喧騒が始まりそうになったところで、我慢できなくなってきた。
「あの、僕やってみてもいいですか?」
その時、鎮まりかえるのを感じる。
「このゲーム、得意なんです。やってみてもいいですか?」
「何言ってるんだきみは?命が関わってるんだぞ?命が!」
「わかってます。でも、さっきの相手のプレイを見ると、なんだか共通点がある気がするんです。お願いします。やらせてください。」
「し、しかし、失敗したらどうするんだ?責任は取れるのか?」
「とれません。」
「はあ?」
「わかってます。でも、僕、このゲームのランキング、3位です。」
「ふん、3位か。…3位!?」
「はい。3位です。なので、やらせてもらえないでしょうか。」
「…失敗するなよ。」
コントローラーを手に取り、椅子に深く腰掛ける。いつもと同じだ。
大丈夫。やれる。
皆が後ろから見守ってくる。プレッシャーがすごい。
自陣から飛び出した自分のアバターの装備は先ほどと少し変わっている。
連射ができないショットガンの様な武器から、チャージして連射する武器に変えた。
いつも使っている、持ち武器だ。
奴はステージの真ん中で立ち止まっていた。
が、自分を見るなりいきなり臨戦体制を取り始める。
銃口をこちらに向けてくるので、素早く壁の裏側に潜り込む様にして弾を避けた。
はやい。面白い。
奴はこちらがいる方へダッシュで近づいてくる。
だがそこに自分はもういない。
「そこじゃないんだなあ。」
高所から奴を見下ろす。
そう。この武器は高所が圧倒的に有利。
わざと低所から奴をおちょくったのだ。
奴は見上げてこちらに銃を向けるが、チャージはもう終わっている。
…発射。
奴に多量の弾丸が向かう。
奴のアバターは倒れた。
「あと19回か。」
ふうと息をつく。
そこで試合が終わった。
「あれ、もう終わり?」
その時、後ろから見ていた社員たちが歓声を上げた。
「すごいじゃないか!」
「まだ油断はできません。奴はあと14回僕たちを倒せば、起爆できます。」
そこまで言ってふと思った。
奴は本当に起爆が目的なのか?
起爆が目的なら、さっさと爆発してしまえばいい。
なのになぜ、反撃のチャンスを与える様なことを、したんだろうか。
奴の思惑がわからないまま、自分は歓声に包まれていた。
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