第5話 千歳、電気を取り戻す

「とにかく、これじゃ仕事にならないよ」


私は両手を腰に当てて、元会議室の“聖域”を見渡す。


セラスはガラステーブルの上で静かに正座し、ヨモツは床に敷いた新聞紙の上で粘土をこねていた。


リィナはというと――


「では、光明の神式、発動っ!」


ピシィッッッ!!


突如、リィナの両手が白く光った。


会議室の天井を照らす神々しい光。


「おおっ!? すご……! っていうか、これ持続するの!?」


「ふふん、神であるが故、光を宿すことなど造作もない……。ただし……」


バタリ。


「持続時間、約三秒だった模様……」


「短い!!!!」


リィナが床に倒れ、座布団を抱えたままくるっと転がる。カーペットの上に落ちた。


「エネルギー効率、悪すぎじゃない!? さっきの消費でどれくらい使ったの!?」


「……3時間分の神気をチャージしたものを、一気に放出したのです……」


「だからって照明3秒って何!? 神、効率悪すぎ!」


「それでも我は、光をもたらす者である……」


「あと10秒以内にその発言もう一度言ったら、マジで怒るよ?」


女神はだんまりになった。


──


「で、さっきから気になってたんだけどさ」


千歳はヨモツの作業スペースを指さす。


「これ、粘土……どこから持ってきたの?」


「駅前の植栽から拝借してきた。実に良き土だった」


「こらああああああああ!!?!?!? 勝手に掘るな!!駅前!交番あるの知ってる!?」


「大丈夫だ。丁重に戻してきた」


「戻すな!! 戻したらバレるわ!!」


「ふむ……ならば、今夜は地上の土に還りつつ、野営という形で……」


「屋上に窯は作らないからね!! 寝袋も焚火も禁止!!!」


千歳はビシッと指を突きつける。ヨモツは、粘土の埴輪をなでながら口をすぼめた。


──


「……というか、これからどうするのです?」


佳苗が、寝癖だらけの頭をかきながら口を開いた。


「まさか、会社に住むとか言い出さないよね? 電気止まってるのに」


「……いや、実はさ」


千歳は天井を見上げる。


「このメンバーがもう4人いるでしょ。3LDKの私の家、もう限界なんだよね」


「ということは……?」


「そう。セラスもヨモツも、ちゃんとした“住む場所”を考えないといけない。でも……」


ポケットから財布を取り出して、開けてみる。


中身:972円。


「……社宅作るにしても、お金が……ないんだよねぇ……」


──


一瞬の沈黙。


そして、セラスが静かに口を開いた。


「……ならば我は、この会議室に段ボールを敷いて、仮の“野営の館”としよう」


「かっこよく言ってるけどそれ、ただの雑魚寝だよね!?」


「……我も、それでよいのです……布団の奪い合いに疲れたので……」


「待って待って、女神も寝る気!?」


「我に社屋は“聖域”なり……泊まり込みも致し方なし……」


「誰か、まともな感覚の人いないの!?」


「佳苗……! 頼む!!」


「えっ、私? ……あー、でも会社に泊まって通勤なくなるの楽じゃない?」


「裏切ったなああああああ!!!」


──


その日、ピコリーナ・カンパニーの会議室には段ボールが持ち込まれ、4人でこたつを囲んで、どうにか雑魚寝する体制が整えられた。


電気の止まったビルで、照明は懐中電灯、明かりはろうそく。


魔法と技術と埴輪が共存する、世界で最も混沌とした“仮の住まい”が、そこに生まれたのだった。


そして私は、段ボールの上で家から持ってきた毛布にくるまりながら、また天井を見つめた。


(……このままじゃ、マジで終わる)


(絶対なんとかしなきゃ。……でも今はもう、眠い)


ぼんやりと思いながら、私は目を閉じた。


その夜、会社の天井には、星空のプロジェクションがリィナの魔法で映っていた。


「……きれいだね」


「うむ……これは、神の余力である……」


「電気の代用って、やっぱり神頼みなんだなぁ……」


カオスで、ヘンテコで、だけど少しだけ――楽しい夜だった。



翌朝。


「では、私は街へ赴くとしよう」


スーツを着こなしたセラスが、一本背筋を伸ばし、堂々とそう言った。


「え、スーツ持ってたの?」


「これは昨日、佳苗殿がネット通販という神技を用いて与えてくれた。サイズは問題ない」


「当たり前です~。イケメンは何着ても似合うのです」


「うむ、営業に必要なのは第一印象ゆえ」


セラスの手には、丁寧に梱包された埴輪の一体。段ボールに「取り扱い注意」とでかでかと書かれている。


「……これ、営業で本当に売れるのかな」


「売れるさ。セラスはなにせ向こうの世界では神クラスの森の営業じゃからな」


「自称ね」


「神でも自称から始まるのです」


私は冷めた顔で見つめながら、内心ほんの少し期待していた。


セラスは確かに妙に説得力があるし、弥生テイストの埴輪というのも、今の時代、こういうのがバズる気がする……たぶん」



「では、行ってくる」


「いってらっしゃい。……割らないでね、埴輪」


「破損させたら職人に土下座する」


「それ、土に埋まりそうで逆に怖い」



一方その頃、社内。


「今日も我、土に命を吹き込まん……!」


ヨモツは会議室の隅に陣取り、机にブルーシートを広げて粘土をこね始めていた。


会社の会議室に土の匂いが漂うのは、もはや日常である。


「拙作、今度は神の怒りを表す像とせん」


「ちょ、怖い方向にいかないで! かわいい系でいこうよ、かわいい系で!」


「神が怒りながらも涙目で許す像としよう」


「……では、我は粘土と対話を続ける」


「心得た。昼までに10体は作る」


「うちの床、大丈夫かなあ……」


ヨモツが土を練る横で、セラスがその埴輪を抱えて去っていった。彼の目はまるで武器商人。ターゲットは、町の陶芸教室から建設会社、霊感ショップまで。


そして私はというと――


「佳苗、行くよ。電気、契約しに行く」


「ほぇ~。電気屋さんって直接行くんだっけ?」


「違う。電力会社に連絡して、契約者を登録し直して、復旧手続きしてもらうの。これ会社のビルってことで登記も必要だし、色々面倒だから、今日は覚悟してよね」


「うぇぇ……今からもう眠いのです……」


「行くよ」


私は佳苗を引きずるようにして、ピコリーナビルを後にした。



電力会社。


「……で、こちらの建物が、現在“無契約状態”でして?」


「はい、以前の契約者が数年前に解約したようで、その後ずっと空きビルでした。でも、今はうちが会社として入ってて、“ピコリーナ・カンパニー”という法人名で契約したいんです」


窓口の女性は、ちょっと困ったような顔をしながら、書類をめくる。


「この“ピコリーナビル”……えっと、旧名“第七北栄ビル”で間違いないですか?」


「間違いないです」


「法人名義の新規契約ですね。登記簿謄本と、使用開始届、それから初回の保証金……だいたい十万程度にはなりますが……」


「じゅ、十万!?」


「法人契約なので……」


後ろで佳苗が、すでに椅子に座って白目をむいている。


「……あの、分割は……」


「可能ではありますが、審査があります。あと、配電盤が古い場合は、そちらの点検・改修費用も別途で――」


(……やばい)


私は必死に笑顔を貼りつけながら言った。


「だ、大丈夫です……なんとかします……たぶん……」



ビルに戻る頃には、私の財布は干からび、佳苗は魂を抜かれたような顔をしていた。


「千歳ちゃん.....十万って……払えるの……?」


「……払えない。けど、今さら帰れない。ビルもう“ピコリーナビル”って名乗っちゃったし」


「うち……ブラック企業だったのですか!?」


「最初からブラックってわかってる分、むしろ透明企業だよ」


そうやって冗談を言い合いながら階段を登っていると、上からセラスの声が響いた。


「千歳殿! ヨモツ殿の新作、五体も売れたぞ!」


「えっ、マジで!?」


「地域の老舗旅館が“風情がある”と評価し、庭先に飾るとか……。一体2万円の契約で、領収証もいただいた」


「なにそれ、すごすぎる! えっ、五体って、十万円!?」


佳苗がピクリと反応した。


「い、今から電力会社戻るのです……!」


「それ! 審査用の保証金に回せる!」


まさかの、土の奇跡。ピコリーナ・カンパニーの、最初の事業収益だった。


――そして、その夕方。


「はい、こちらで保証金のお振込み確認できました。最短で、今夜中には開通工事に入れるかと思います」


電力会社の法人契約窓口の女性職員がにっこりと微笑む。


「ほんっっとうにありがとうございます……!」


私は深く頭を下げながら、心の中で埴輪に手を合わせた。


すべてはセラスの営業成果のおかげだった。


彼が個人宅に飛び込み営業をかけ、「開運収納つき女神埴輪(夜間ライト付き)」をなんと現金一括で売り切ってきたのである。


十数万円。まさか埴輪で電気を取り戻せるとは。


一方、ヨモツはといえば、一日中会社の隅で黙々と埴輪を製作。気がつけば「体育座りをした女神」や「祈祷ポーズの女神」「何かを見透かしてる目の女神」など、謎のラインナップが廊下にずらり。


「……うん、なんか、着々と“神殿”になってきた気がする……」


「間違っても“オフィス”とは言えないのです~」


「会社なのに、埴輪の在庫数が社員数より多いってどうなんだろ……」


「でも、利益は出てるのです! 現金で!」


「……まぁ、確かにそれはすごい……」


そのまま契約手続きを終えて、私たちはピコリーナビルへと戻ることにした。



夜。ピコリーナビル・仮オフィス(兼・会議室)。


「で、いつ電気つくって言ってたっけ?」


「18時から20時の間に作業員さんが来るって」


「ぬかりないのです。ポットとカップラーメンは用意済みなのです」


「……準備がキャンプすぎるんよ……」


こたつ、ランタン、段ボールのベッド。

そこに並ぶ謎の女神埴輪たち。


「……千歳ちゃん」

「なに?」


「このオンボロビル、本当に会社になるのかな?」


佳苗が、お湯の沸かない電気ポットを見つめながらぽつりと呟く。


「なるよ。絶対なる。だって、もう社員もいるし、今日だって……」


そこまで言いかけて――


「……いや、うん、社員“っぽい”人たちもいるし……たぶん……」


「うん。たぶん、なのです」


そんな会話をしていたそのとき。


カチッ。


ビルの蛍光灯が、ひとつ、またひとつと点灯し始めた。


「……あれ?」


「来たのですか!? 電気、復活なのですか!?」


ブゥゥゥン……という機械音とともに、部屋が明るくなる。


私たちは思わず顔を見合わせ――


「「……やったぁああああ!!」」


抱き合って喜び合った。


「うわぁぁ、蛍光灯ってこんなに神々しかったっけ!? まぶしっ!」


「ポット! ポットなのです! わたしたち、温かいものを飲めるのです!」


「照明あるだけで人って生き返るんだね……文明バンザイ……」


そこへセラスが会議室に入ってきた。


「光が戻ったか。神の御加護だな」


「違う違う、セラスの営業の成果だってば!」


「我は誇らしいぞ」


「自画自賛がすぎる……」


そのころヨモツは、部屋の隅で作りかけの埴輪に絵の具で彩色していた。


彼のつけた名前は「黎明(れいめい)の女神」だった。


「このビルの光明の象徴となれ……」


(神職かよ.....)



その夜、ピコリーナビルではささやかな“開通記念パーティー”が行われた。


・ポットで沸かしたお湯で飲むカップスープ

・コンビニのおつまみ(セラスが謎にセレクト)

・なぜか佳苗が用意していた紙コップと紙皿


光の下でこたつを囲んだ私たちは、少しだけ未来の話をした。


「……やっとスタートラインに立てたって感じ、するね」


「うん。まだ貯金はスカスカだけど……電気があれば、なんとかなる気がするのです」


「明日は面接希望者も来るって言ってたな」


「ほんとに来るかな? 会社の名前、検索したら埴輪しか出てこないかもだけど……」


でも、不思議と笑いがこぼれる。


光があって、温かくて、仲間がいる。それだけで十分だった。

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