悪魔召喚できますが、世界征服は狙っていません
OTE
第1話 ご新規さん
ダンジョン。十数年前に世界中で突如として現れた巨大な地下迷宮。ダンジョンは当時流行っていたライトノベルジャンルを真似したかのような構造をしていた。深く下りていくほどに強力なものが現れる魔物。魔物を倒せば得られる素材と魔石。銃器などの現代兵器が余り役立たないのもお約束通り。
そして、探索者と呼ばれる特殊技能を持った人間が現れるところまでご丁寧にお約束通り。
発生当初かなりの混乱を招いたが、現在では、経済圏の一つとしてダンジョンは存在していた。
魔物のスタンピードは世界中で一件も確認されないし、探索者のとんでもない能力もダンジョンの外では発揮できないことが分かってきたこともある。
そのダンジョンの一つ、佐賀県第2ダンジョン。通称鉄さびダンジョンの入口を塞ぐように立った「特別事象対策課別館」、通称「ダンジョン事務局」に変わった見た目の3人組が現れた。
赤いライダースーツを着た長身で赤髪の女性。厳しい顔つきをしていてちょっと近寄りがたい雰囲気。その後ろに装備用のスーツケースを引っ張る男。スーツケースは大人2人分くらい入りそうな大きさだが、緑のフライトジャケットをきた三十代に見える普通顔の男性は苦もなく牽いている。
もう一人は、ダンジョンに不似合いな小学生高学年のように見える少女。ほとんど肌の露出していないクラシカルな服装をした彼女は大きな日傘を差し、顔を隠していた。赤髪の女性と緑の男性はまだ良い。しかしこの小学生はなんだ?ダンジョンに潜るのか?ダンジョンの入構許可が出るのは15才。とてもその年齢には見えない。
周囲の目も気にせず、3人はダンジョン事務局に入っていった。耳のイイヒトがいたなら緑の男性がブツブツと不満を呟いているのに気付いたかもしれない。
佐藤美紀は公務員だ。鉄さびダンジョンのある鳥栖市の職員となって10年が過ぎ、ダンジョン事務局に勤めて数年。すっかりお局ポジションになったアラサーである。
「いらっしゃいませ」
受付カウンターから顔を上げた佐藤は、珍しい組み合わせのパーティを見て内心驚いた。赤髪の女性は見るからにプロの探索者といった風格だが、緑のジャケットの男性は...どちらかといえば技術者風?そして何より気になるのは、クラシカルなワンピースに日傘という、およそダンジョン探索には似つかわしくない格好の少女だった。
「本日の入構講習手続きでしょうか?」
「はい」赤髪の女性が一歩前に出た。「事前に申請書は提出済みです。神崎マルコと申します」
ハキハキとした口調で応える彼女に、佐藤は手慣れた様子でパソコンを操作した。
「神崎さんですね。確認いたします...はい、こちらにございました。本日は三名様でのパーティ探索ということで間違いございませんか?」
「はい。私と、桐島修、それから...」マルコが振り返ると、日傘の少女が軽く会釈した。「桐島リリアです」
佐藤は資料に目を通しながら続けた。「それでは入構前の安全講習を行わせていただきます。桐島リリアさんは...」書類を確認して眉をひそめた。「年齢が十五歳となっておりますが...」
確かに戸籍上は十五歳なのだろうが、どう見ても小学生にしか見えない。佐藤は職業柄、年齢詐称や偽造書類には敏感だったが、提出された書類に不備はない。しかし...
「見た目が幼く見えるとよく言われます」リリアが日傘をクルクルと回しながら答えた。「でも、ちゃんと十五歳ですよ」
その声は確かに少し大人びていたが、それでも佐藤の疑念は晴れない。しかし書類に問題がない以上、これ以上追求するわけにもいかなかった。
「分かりました。これで本日の希望パーティが揃いましたので、入構講習を始めさせていただきます」
佐藤は三人を講習室に案内した。すでに数人が腰掛けていて、様子を見るに2つのパーティのようだった。壁には鉄さびダンジョンの構造図や注意事項が貼られている。鉄さびダンジョンは流行ってる所では無い筈だが、案外希望者が居るものなんだなと桐島は呟いた。
「まず基本的な注意事項から説明いたします。ダンジョン内では必ずパーティを組んで行動してください。単独行動は禁止されています」
マルコが真剣な表情で頷いた。緑のジャケットの男性...桐島は少し気だるそうに聞いているが、一応話は聞いている様子だった。リリアは日傘を膝に置いて、意外なほど真面目に講習を受けていた。
「鉄さびダンジョンの特徴として、機械仕掛けのトラップが多数設置されています。特に二階層以降は複雑な仕掛けが多いので、慎重に進んでください」
「トラップの解除は可能でしょうか?」マルコが質問した。
「基本的には迂回をお勧めします。無理に解除しようとして怪我をされる方が多いので」
佐藤は慣れた調子で説明を続けた。緊急時の連絡方法、魔力通信機の使い方、探索時間の制限について...
「それでは最後に、パーティリーダーの登録をお願いします」佐藤がタブレットを取り出した。「どちら様がリーダーをお務めになりますか?」
マルコが振り返ると、桐島が小さくため息をついて手を上げた。
「僕です。桐島修」
「かしこまりました」佐藤はタブレットに入力しながら、改めて桐島を見た。一見すると頼りなげな印象だが、よく見ると体格は意外にしっかりしている。技術者風の風貌だが、探索者としての実力があるのだろう。
「桐島さん、リーダーとしてパーティメンバーの安全管理をお願いします。特に...」佐藤はちらりとリリアを見た。「年少のメンバーの方がいらっしゃいますので」
「分かりました」桐島が少し疲れたような声で答えた。
手続きが完了すると、三人は装備の最終確認を始めた。マルコは手慣れた様子で武器の点検をし、桐島は大きなスーツケースから様々な道具を取り出している。そしてリリアは...
「お父さん、私の装備も大丈夫ですか?」
お父さん?佐藤は耳を疑った。確かにリリアは桐島を「お父さん」と呼んだ。ということは、この三人は家族なのか?しかし申請書類では血縁関係の記載はなかった。養子縁組でもしているのだろうか?
「ああ、大丈夫だ」桐島が苦笑いを浮かべながら答えた。「でも無理はするなよ」
「はーい」リリアが元気よく返事をした。
佐藤は複雑な気持ちでこの奇妙なパーティを見送った。プロの探索者と技術者風の男性、そして年齢不詳の少女。一体どんな経緯でこのような組み合わせになったのか、そして彼らにはどんな事情があるのか...
「気をつけて行ってらっしゃい」
佐藤の見送りの声を背に、三人はダンジョンの入口へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます