Chapter2 - Sachi

第5話 Memory

「あの子、男子と寝たらしいよ」

「え、嘘お。変態じゃん」

「ね、ホント。男と寝るとか、想像するだけで気持ち悪いんですけど」

 廊下を歩く、ひそひそ話声が聞こえる。


『アイツ、子供みたいだけど、おっぱいはでかいよな』

 そう言って笑ってた男子。舐められてると思ったんだ。

 自分の方が上だと思ってて、何でもない私を小ばかにしてる。

 ──あんたのことなんて、思い通り動かせるって、示してやろう。

 

 誰もいないトイレにそいつを連れ込んだ。

「なんだよ! ここ男子トイレだぞ。お前は入っちゃダメだろ!」

 普段は穏やかな私がちょっと怖い顔で引っ張ってるから、焦ってる。

 個室に引き入れて、扉に押し付けた。

 ごつごつした手を取って、胸に押し付ける。

 ……自分でもおっきく育ちすぎたと思う。

 堅い手とは対照的に、ふにゃりと沈んだ。

「私のおっぱい気になってるんでしょ?」

 睨み上げる。

 彼の方が背は高いけど、目が泳いでてか弱く見える。

 ……この時知った。

 女の子への好意を指摘された男子は大抵、悪いことでもしたみたいに凄く慌てる。

 見てると滑稽だ。

「こないだ話してくれたよね。ありがとうね。私の身体のこと勝手に話題にしてくれて」

 目は逸らしたままだった。時折ちらっとこっちを見る。

 でも、手は引きはがそうともせず、むしろ指は好んで胸に埋没しているように見える。

「どう? 子供みたいな子に弄ばれて。楽しい?」

 こうして詰め寄られるのも、嫌がってない。

 急なことに驚いてはいるけど、表情はこの光景を喜んでいる。

 手に汗がにじんでいた。

 私はもう、結構楽しんだ。

「馬鹿」

 手を離して、肩を押すと逃げるように去っていった。

 そしたら仕返しみたいに、私とやったって噂を流された。


「なあ、俺ともやってくれよ。お前男が好きなんだろ?」

 私はビッチになった。男子は私を見てケラケラ子供みたいな笑い声を上げる。

 そこそこ仲良かった女友達も、同じ変人扱いされたくなかったのか離れていった。

 そこそこだから別にいい。

「ルリは私のこと、悪く言わないでいてくれるね」

 そこそこだと思ってたけど、一人だけ私から離れないでいてくれる子がいた。

「だって、やってないんでしょ?」

 私の話を信じてくれた。

「やってたら?」

「んー…やってても、サチがしたくてしたなら、別にいいんじゃない?」

 そうやって笑うのが、なんか凄く可愛く見えてきた。

 前は何とも思ってなかったのに。

「ねえ、キスして良い?」

「ぶっ……何? 私に惚れたの?」

「うん」

「え……どうしようかな……まあ、嬉しいよ?」

「キスして良い?」

「……いいよ」

 キスした。初めてだった。

 女の子とも、男のことも。

 外の階段でだった。校舎の壁に張り付いた、人気の少ない、結構高いところ。

 私はスカートを押さえながら立ち上がる。

「アイツとやってくるわ」

「どうした急に。私とキスしたばっかなのに」

「ルリが『いんじゃない』って言ってくれて、勇気出た。ルリがそう言ってくれるなら、別に誰にどう言われてもいい」

 凄く、ホントに。一行もない言葉だけど。

 私のその先の一生を変えてくれたと思う。

「でも、初めてはルリとしたい」

 見下ろした顔は、戸惑ってるけど笑ってる。

「ここで?」

「……ルリが外派なら、外でもいいけど」

 その日、始めてセックスした。

 女とも、男とも。

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