第8話 余韻の中で……


 混沌としていたこの地下へと入った時の暗がりに、本性を現した光浪の婆さんが念じてドス紫の光明の灯りが未だどこぞやで灯っているようで、薄明るい……が。

 セックス後の余韻のときにお似合いのいい感じの空間のソファベッドに姫華と添い寝する俺。

 腕枕をしつつその先の肘から先は……姫華をお好きなイイ感じの気まぐれに擦っている。

 が、姫華も嫌がるどころか心地よさそうにこの懐に竦めた子猫のように転寝しているようなこなれ具合なので、言葉要らずのOKの証と自信をもってとらえている俺。

「何時だ?」

「ん? 何、ダディ」

「お前さんといつまでもこうしていたいのはやまやまなんだが、俺の他の生活もある」

「ええぇ。大変だね生物は」

「お前さんだって、何らかのエナジーの素を摂取しないとならないのでは?」

「ん。アタシは……(口パクして)が必要なのよ、ダディ」

「ううん? 何? なんていった?」

「いいの。ドール女子にも言いたくないことが色々あるし」

「ううん。ま、いいけど。で、何時だ?」

「二十時ニ十分だし」

 この一室の何処にも時計の類は無く。姫華自体の体内に時計じみた装置でも埋め込まれていて、それを基に伝えたのであろうと、察する俺だ。

「二十時……って、ああ、帰ってやらなきゃならないことがある」

「ええ。もう少し、いいでしょ。ダディ」

「ああ。それ謂われると、この余韻ゾーンから脱出欲を損なわれてしまうが。ここで破ってしまうと、生活リズムが大いに狂ってしまうんだ」

「要するに。何かの用事があるから、アタシとのこのイイ感じゾーンを抜け出さなければならない。ってことよねぇ?」

「ああ。そだな」と、少し腰を浮かす俺……。

 ギュウーっと両手をこの腰に巻き付けそれを言葉無しに妨げる姫華。

「じゃあ、お前さんも来いよ」

 察する俺がお誘いしてみると……。

「え? 何処へ?」

「俺んちだ」

「ええ……いきなり、部屋に連れ込んで何するの?」

「何するって、俺んちに招待するだけだ。まずはな」

「っで?」

 何か? この第2ラウンドを要求しているようでもある姫華。まるで生身女子の如く。

「まあこの延長をするかどうかは成り行き次第だが。俺はもうここで……」

「うふんっ……」と猫目をトローンとさせている姫華。

「お前さんの方から……積極的にいたすことを誘われたような気がするが?」

「ええぇ嫌だった?」

「いいや。そういうことでなく。事実を言っているだけだ。イヤならどんなことしてでもお前さんとのセックスを回避したぜ、俺はな」

「へええぇぇぇぇ……」と薄目にした猫目を向ける姫華。

「じゃあ、第2ラウンドは、俺んちで。あばら家だけどな」

「ん」と最初から一糸まとわぬ姫華のしなやかスレンダーボディに……輝きが生じて……「どんな感じが好み? ダディったら」

 俺はすでに着てきた衣服を身に着けはじめていて、残すところ作業ズボンのみとなっている。

「ポニテとマッチングルックコーデが好きだが。お前さんなら……ううん? ……姫華オリジナルなお姫様ルックだな!」

「ん。わかったよ。ダディ」

 姫華自身の全身が白く輝き顔以外を覆いつくし……どこかで目にしたような……蛇の島の女帝のような感じ……に、「それって、パクリ疑いが強そうだ。それに奇抜な格好も厭わない雑踏とは言え、目に余るな」

「そう。じゃあ」と、また白い粒子の輝きを纏い……「どぉ?」とポージングの姫華。

 ブラウスにベスト、ロンパン。ローツインテールヘアスタイルの姫華。

「ま、無難だな」と言いながらも不満がこの顔に出ているようだ。

「もぉー! わがままだし、ダディは」と、またまた白い粒子を纏い……。

 前髪姫カット風のポニテで。インナーにお胸谷間魅せで、臍だし丈のトップス。ローライズミニスカ。アウターが大襟付き七分袖の前ボタンなしジャケット。素足。

「ん。いい」と今度もこの顔に若干の擦れ違い不満が出たが、俺が納得のいく範囲だ。

「一応言っとくけど。履物とその季節に合った感じのアレンジはするつもりだしぃ! 文句ある? ダディ」

「ないよ」と俺はあたりを見渡す……「どっちに行けば出られるんだ? 地下室」

「えい!」と右手を出す姫華。

 その方向に誘導灯が点灯し……覚えのある階段口がその先に見える。

 歩き出す俺。

 横に来て……この腕を絡めて歩く姫華。

 もうそのほかに言葉はこの時限りで必要はなく……それなりの恋人歩きで俺たちはこの地下から出て行く……。

「そういえばお前さんって」

「ううん?」

「ほんと、女だな」

「ううん? 何それ」

「もっとごつごつ皮膚感がぬぐいきれないドールかと」

「ええ? アタシに喧嘩売ってる? ダディ」

「ああ。それも何れありだな」

「……ええ?」

「どんな仲好しでも、絶対意志の不一致はある」

「……ま。……そうよね」

 この脇に姫華がひっついて……一応恋人歩きで上階口へと歩く俺たち……。

「そんなズレ感がやがて倦怠期を迎えたときに、亀裂になって、ギクシャクしはじめて」

「……」

 下から無言でこの顔を覗き込む姫華。

「喧嘩別れが来ることがあるんだ」

「ううん……で?」

「純愛だった恋人関係ならそのまま別れればいいが。結婚している場合は離婚するにもなにかと厄介だ」

「どうして?」

「子がなくとも、当の本人らが話し合って示談しても。その周りのモラル主義者らが余計な茶々入れして、複雑化するんだ」

「それって、また気持ちが復活することを考慮しているからでは? ダディ」

「それは稀で。ようは体裁と、その時期にいいとされているモラルに縛られたとおりのことで夫婦を辞める条件に達さないと。そういった主義者らは納得しなくて、横槍攻撃の手を止めはしないんだ」

「……」また下からこの顔を覗き込む姫華。

「セックスレス夫婦になっていて、何方かが、他の異性にその行為を純粋に求めても、不倫とか浮気とかレッテル貼って、それを基に慰謝料を請求してくる。セックス拒否したほうが放置しっぱで別異性厳禁では、そのフラストレーションが溜まりっぱだというのにな」

「少し昔のニュースで見たけれど。それで、DⅤ行為に走っちゃう男の人がいるのね」

「ま、そこに男女の差は、俺はないと思うが。性欲に男女差別はないと考える」

「ま、そうよね。アタシも、沼ったし。ダディに」

「この国の司法が女性有利になっているので、大抵のケースでは男が女に慰謝料を払う」

「ならアタシは平気だし」

「ああ。そう願いたいぜ。姫華」

「お金持ちだし。あたしンちは」

 と言っている間にも……階段口へと来ていて、横並びに一段ずつ上りはじめる姫華と俺。

「ところで」

「ううん?」

「お前さんの体重って?」

「それ聞くぅ? 女の子に」

「さっき上に乗ったとき、推定五十キロぐらいの重みだったから……もっと重くても」

「実際は一般乗用車と同じくらいだけど。生物に近い蘇生術などもあって、可成りの軽量化に成功したって、以前、マムが自慢げに言ってたし」

「ああ、そっか。ま、通常の女扱いでいいってことだな」

「ん」とさらに引っ付く姫華。その腰に腕を回し寄せる俺。階段幅は以外に並んで行ける。

「ああ! 今日の契約書」と今更思い出した俺の断末魔と。「ああ、ダディ。アタシは半永久的エナジーだし」と今更姫華が動く源バクロの断末魔をここに残して……。




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