おまえ、もうまつられてるよ

自宅厨

第1話 祟の匣

――「それ、開けちゃだめだよ。

おまえ、もう……まつられてるよ」


秋月春人(あきづき はると)は、大学で民俗学を専攻していた。卒業論文のテーマは「消された村と口承伝承」。

担当教授に紹介されたのは、北関東某所――地図から名前が消えた集落「白神村」の資料だった。


山深い古神社の倉庫で、春人はそれを見つけた。


――木箱。

真っ黒で、手のひらに収まるほどの大きさ。だが、やけに重い。


蓋には細い筆で三文字が書かれていた。


「盈呪ノ匣」


その瞬間、どこからともなく風が吹いた気がした。

春人はゾクリと背中を震わせる。


「……封印とかじゃ、ないよな?」


軽い気持ちで蓋を少しだけずらした。

中には何も見えなかった――はずだった。


だがその夜から、奇妙な夢を見るようになる。


夢の中で春人は、白無垢を纏った女性に呼び止められる。


「おまえ、もう……まつられてるよ」


顔は見えない。

けれども、白無垢の裾の向こうに“黒い腕”が五本這っていたのを、確かに見た。


翌日、春人は右手の親指に小さな裂け目ができているのに気づく。

まるで何かが内側から出ようとしているような傷だった。


大学の友人・中村にその話をすると、彼も同じ夢を見ていたと言い出す。


「白い巫女にさ……“まつれ”って囁かれた。で、気づいたら鏡の中の自分が……笑ってたんだよ」


鏡の中の“自分でない何か”。

映るはずのない影。


その日から、中村は授業に来なくなった。


中村の部屋を訪ねた春人は、壁一面に描かれた不可解な模様を見つける。


それは、あの箱の蓋にあった文様と酷似していた。


そして、ベッドの下に……

人の皮膚のようなものが、散らばっていた。


最後のページには、春人のノートに勝手に書き込まれた文字があった。


「まつられぬもの、かたちを保てず

しずめられぬもの、かげを喰らう

おまえ、もうまつられてるよ」

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