第2話:傲慢の鉄槌、再び
「総員、第一戦闘配置!市民及び非戦闘員は、第3シェルターへ避難!」
レオンの怒号が、警報の鳴り響くリベルタス本部に木霊する。先ほどまでの和やかな雰囲気は、一瞬にして鋼のような緊張感に塗り替えられた。
食堂から飛び出したカイとイヴは、武装した兵士たちが慌ただしく行き交う通路の混乱に巻き込まれていた。
「カイ!イヴ!こっちだ!」
ギデオンが、二人を手招きする。彼の顔には、いつもの飄々とした笑みはなく、厳しい戦士の表情が浮かんでいた。隣には、すでにイオンライフルを構えたディアナが、静かに、しかし絶対的な警戒心を持って周囲を窺っている。
「爺さん!一体どうなってんだ!なんで場所が……」
「話は後だ!今は、司令室へ向かうぞ!」
ギデオンは、カイの言葉を遮ると、二人を連れて走り出した。
司令室の巨大なホログラムスクリーンには、絶望的な光景が映し出されていた。
リベルタス本部を覆う、何層にも重なった厚い岩盤と装甲板。その遥か上空に、アダムが静かに滞空している。彼女は何もしていない。ただ、そこに存在するだけで、周囲の空間が、彼女の放つ圧倒的なプレッシャーによって陽炎のように歪んでいた。
《対象補足。リベルタス地下本部。隔壁、複合装甲および地殻含め、厚さ1200メートル。……排除するには、少々骨が折れる》
アダムの思考が、無機質に状況を分析する。
《だが、問題ない。私の辞書に、不可能という文字はない》
彼女は、ゆっくりと右手を天に掲げた。
その手のひらに、周囲の空間から光の粒子が収束し、やがて、小さな、しかし太陽のように眩い光球を形成していく。
それは、純粋な重力エネルギーの塊だった。
「まずいぞ!あれは……!」
ギデオンが、スクリーンを見つめて呻いた。
「高密度重力子爆弾……!あんなものを直撃されたら、このシェルターごと圧し潰される!」
「くそっ!対空砲、最大出力で迎撃!バリアも全開だ!」
レオンが、マイクに向かって絶叫する。
本部の地上部分に偽装して設置されていた数基の対空砲が火を噴き、無数のイオン弾がアダムに向かって放たれる。同時に、ドーガやアーニャたちが操作する防御システムが、シェルター全体を覆うように、幾重ものエネルギーシールドを展開した。
しかし、その抵抗は、あまりにも虚しかった。
《無意味だ》
アダムの冷たい一言と共に、彼女の周囲に展開された斥力フィールドが、全てのイオン弾を、まるでピンボールのように弾き返す。
そして、彼女は、掲げた手を、ゆっくりと、しかし容赦なく、リベルタス本部に向かって振り下ろした。
光球が、一筋の流れ星となって、地上へと降り注ぐ。
時間が、スローモーションのように感じられた。
ズウウウウウウウウウウウンンン!!!!
凄まじい轟音と、地鳴りのような振動が、シェルター全体を襲った。
カイは、思わず床に伏せた。天井から、粉塵とコンクリートの破片が、雨のように降り注ぐ。
ホログラムスクリーンには、リベルタスの誇る多重エネルギーシールドが、一枚、また一枚と、ガラスのように砕け散っていく様子が映し出されていた。
最後のシールドが破られた瞬間、光球は本部の直上、厚さ数百メートルの岩盤に激突した。
衝撃は、シェルターの最深部にまで到達し、カイの身体を床から数センチも跳ね上がらせた。
「被害状況、報告!」
レオンが叫ぶ。
「地上施設、全壊!第1層から第5層まで、隔壁に深刻なダメージ!ですが……持ちこたえました!直撃は、免れました!」
オペレーターの報告に、司令室に、一瞬だけ安堵の空気が流れる。
だが、ギデオンの表情は、依然として険しいままだった。
「馬鹿野郎、安心するのは早ええ。今のは、ただの挨拶代わりだ」
その言葉を証明するかのように、スクリーンの中のアダムが、再びゆっくりと手を掲げた。
今度は、一体、二体、三体……。彼女の手のひらの周りに、無数の重力子爆弾が、星のように生成されていく。
その光景は、あまりにも美しく、そしてあまりにも絶望的だった。
「な……!?」
レオンが、言葉を失う。
「嘘だろ……。あんなものを、連続で……!?」
《第二波、執行。対象の防御能力が、私の予測を下回っていることを確認。攻撃パラメータを修正。殲滅モードへ移行する》
アダムの無慈悲な宣告。
その瞳は、もはや地上の蟻塚を眺めるような、冷たい無関心ささえ浮かべていた。
リベルタスのメンバーたちの顔に、絶望の色が広がる。
どうしろというのだ。
あんな神のような存在に、人間が、どうやって抗えというのだ。
カイもまた、その圧倒的な力の差に、膝が震えるのを止められなかった。
(ダメだ……。勝てっこない。あいつは、強すぎる……)
ヘーパイストスのガラクタいじりで培った自信など、この絶対的な力の前に、砂上の楼閣のように脆く崩れ去っていく。
その時だった。 「……カイ」 隣で、イヴが、カイの服の袖を、きゅっと掴んだ。 見上げると、彼女は、震えてはいなかった。 その瞳は、恐怖に揺れながらも、スクリーンの中のアダムを、真っ直ぐに見据えていた。 「私……戦う」 「イヴ……?」 「だって、大切な居場所だから。みんなが、優しくしてくれた、大切な家だから。……私が、守る」
イヴの言葉に、カイは、ハッとした。
そうだ。俺は、いつから諦めていた?
ヘーパイストスでは、どんな絶望的な状況でも、足掻いて、足掻いて、活路を見出してきたじゃないか。
ここで諦めたら、俺は、ただの地上の連中と同じだ。
ギデオンの爺さんに、笑われちまう。
(そうだ……まだ、手はあるはずだ)
カイの脳が、猛烈な速度で回転を始める。
アダムの攻撃。彼女の思考パターン。そして、彼女の、カイに対する異常なまでの執着。
そこに、突破口があるはずだ。
「……アダムは、俺を狙ってる」
カイが、ぽつりと呟いた。
「なんだって?」
ギデオンが、訝しげにカイを見る。
「前回もそうだった。あいつは、イヴだけじゃなく、俺を見ていた。俺という『ノイズ』を、排除したがっていた。……いや、違う。あいつは、俺を『理解』したがってるんだ」
カイは、自分でも驚くほど、冷静に状況を分析していた。
「あいつの完璧な論理の中に、俺というイレギュラーが紛れ込んだ。だから、あいつは、俺を自分の手で解き明かしたいんだ。自分の手で『管理』したいんだ」
「……だとしたら、どうする?」
レオンが、カイの言葉の意図を汲み取り、問いかける。
カイは、司令室のコンソールに表示された、リベルタス本部の構造図を指差した。
その指が示したのは、シェルターの最深部。
巨大な、エネルギー炉だった。
「俺が、囮になる」
カイの言葉に、その場にいた全員が、息を呑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます