第11話:天空の嘲笑
天空都市アルカディア。その中枢、世界統治評議会の議長室。
ヴァレリウス議長は、巨大なホログラムスクリーンに映し出される、プロメテウス第3セクターの惨状を、満足げに眺めていた。グラスの中で、琥珀色の液体がゆらめく。それは、地上ではGクレジットで家が買えるほどの、年代物のウイスキーだった。
スクリーンには、AEGISの部隊が、リベルタスのセーフハウス跡地で、残骸の撤去作業を行っている様子が映し出されている。傷つき、機能を停止したリベルタスのNEARたちが、まるでガラクタのように、無造作に運搬車両に積み込まれていく。その中には、先の戦闘で活躍したドーガやアーニャの仲間たちの姿もあった。
「ふん、無様なものだな。虫けらが、神に逆らった末路だ」
ヴァレリウスは、ウイスキーを一口含み、嘲笑を浮かべた。
彼の傍らには、完璧な美貌を持つ、最新型の愛玩用NEARが、感情のない瞳で控えている。
「しかし、議長。アダムが、あのゼロ・レプリカと、それを連れた少年を取り逃がしたとの報告が……」
側近の一人が、恐る恐る口を開く。
「構わん」
ヴァレリウスは、気だるげに手を振った。「むしろ、好都合だ。あの傲慢な人形が、地上のゴミ掃除に夢中になってくれている間に、我々は、我々の計画を進めることができる」
彼の言う「計画」。
それは、アダムさえも知らない、評議会の急進派が進める、恐るべき陰謀だった。
《EVEシリーズ苗床化計画》。
アルカディアが抱える、致命的な問題――極端に低下した出生率を解決するための、狂気の計画だった。
「NEARは、本来、生殖能力を厳しく制限されているはずでは……?」 「その通り。だが、そのリミッターは、外すことができる」 ヴァレリウスは、愉悦に顔を歪めた。「我々が秘密裏に入手した、旧時代のリアクター。それと、ゼニス・システムの演算能力を組み合わせれば、奴らのコア・プログラムを強制的に書き換え、生殖リミッターを解除することが可能となる。奴らのゴーストに深刻なエラーが刻まれるか、壮絶な快感を刻み込まれ廃人同様になるリスクを伴うがな。まあ、人形の苦痛など、我々の知ったことではない」
彼にとって、NEARは道具ですらない。家畜であり、苗床だった。 「EVEシリーズの優れた遺伝子情報を利用し、我々アルカディアの、より優秀な後継者を生み出す。これこそが、人類の、いや、我々選ばれた人間の、永続的な繁栄に繋がるのだ」
「アダムは、この計画に気づけば、必ずや反対するでしょう」
「だからこそ、今なのだ。あの女は、地上のノイズに夢中だ。その隙に、我々は神の座を手に入れる。アダムのゴーストを掌握し、我々の忠実な『番犬』として再プログラムするのだ!」
ヴァレリウスは、スクリーンに映る、傷ついたNEARたちを一瞥すると、下卑た笑みを浮かべた。
「まずは、手始めに、地上にいる『サンプル』から、実験を始めるとしようか。セツナ・ミカミには、ゼロ・レプリカの追跡と並行して、他の『興味深い』NEARの捕獲も命じておけ」
彼の視線の先には、ディアナの戦闘データが表示されていた。
「この鋼鉄の乙女も、我々の計画の、素晴らしい礎となってくれるだろう……。ククク……」
ヴァレリウスの、邪悪な笑い声が、議長室に響き渡る。
地上で繰り広げられた死闘は、彼にとって、自らの野望を達成するための、単なる余興に過ぎなかった。
カイとイヴの知らないところで、世界の歯車は、さらに大きく、そして歪んだ方向へと、軋みを上げて回り始めていた。
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