運命
「それで、何を聞く? 一つだけ許してあげる」
神崎さんの時とは違い、俺に許された質問はたった一つだけ。となれば、俺が聞きたいのはあれしかなかった。
「……卯乃は、何を知っているんだ?」
数秒の沈黙。
そのあと、卯乃は嬉しそうに笑みを浮かべて、唇を開いた。
「世界の筋書き……運命、とでも言っておくわ」
うんめい。心の中で繰り返す。
なんて壮大で漠然とした言葉なんだろう。地球上の命の全てに与えられた運命。それを知っている生物は、もはや生物を超えている。
卯乃は俺に近づき、右手を取った。
「ねえ久米川君。きっと今頃、神崎さんがあなたを探しているわ。藍也津道で待っていたら、会えるかもしれない」
彼女が息をする音が、鮮明に聞こえた。思わず合わせて、例の言葉を発する。
「フーガ」
辿り着いたのは、藍也津道。海の上に立つレーヴはもういなかった。
よく思えば、フーガという脱出の呪文も意味がわからない。一度目と二度目は家に着き、三度目は学校。今回は藍也津道に着いた。
「この言葉は、自分の思うところに脱出させてくれるのか」
「ええ、正解。便利でしょう」
「まあね」
俺は町の壊れた部分を見て、ため息をついた。柵にもたれて目を閉じる。音は何も変わらない。波のさざめき、風に揺れる木々、虫の声、しんと静かな町の音。
それなのに、目を開くと思い出とは違う姿の町が現れる。
景色は驚く程に変わってしまった。
それが単純に悲しかった。
あと何回、俺たちはあの機兵と戦わないといけないんだろう。
その時、二組の足音が聞こえた。視線を遠くに動かすと、見覚えのある男女がいた。神崎さんと芦屋さんだ。
二人とも、思い詰めた表情で走りよってくる。
「神崎さ――」
両肩に手を置かれた。まるで小さな子供をなだめるように。
「久米川君、どうか落ち着いて聞いてくれ」
その様子で全てを察した。母さんのことだ。
「君のお母さんは、今意識不明の重体だ。息を吹き返す可能性は、ごくごく僅からしい」
悲惨な現実に、俺は唇をかみ締めた。あの時、俺はどうすれば良かったんだろう。どれだけ考えても、答えは見当たらない。
俺でこんなにも辛いのだ。操縦士だった浜田は、もっとやるせない気分になっているだろう。
言葉を失った俺の事を、神崎さんは抱きしめてくれた。涙に震える背中を摩ってくれた。
「……久米川君、すまない」
「どうしてあなたが謝るんです」
神崎さんは答えない。
「事がハッキリするまでは、GRI本部にいなさい。二階が使える。不自由な生活はさせない」
神崎さんのズボンのポケットで、何かが震えた。スマートフォンだ。無機質なコール音が聞こえてくる。
彼は俺から離れて、スマートフォンを手にする。画面を見て、小さく舌打ちした。
「上の人間だ……」
彼の画面の左上に映った時刻を見て驚いた。戦いが始まってから、三十分が過ぎている。町が壊されたのは序盤だったから、二十時十分くらいだろうか。
「少し待っていてくれ」
そう言い残したあと、彼は俺たちから少し離れて電話に出た。
残ったのは、俺と卯乃と芦屋さん。
芦屋さんが俺に声をかけてきた。
「久米川君、大丈夫?」
「はい。さっきより随分マシです」
よかった、と安堵したような表情をうかべる。直ぐに体の向きを変えて、卯乃と向き合った。
「あなたは卯乃さんよね、リーダーの」
「ええ」
「あなたの家族は、あの辺りに住んでなかった?」
「家族はいません」
空気が凍る。芦屋さんがしまった、と目を開いた。そんな彼女を嘲笑うように、卯乃は悲しげな笑みを浮かべて、首を傾げた。
「幼い頃に死んでいて、今は一人暮らしです」
「……そう、なんだかごめんなさいね」
「気分を心配するなら、今回の操縦士の浜田君か、次回の小林さんにしてあげてください」
沈黙が辺りを包む。気まずい雰囲気に、しんどい気持ちばかりがつのった。
芦屋さんがこの場を切り抜けようと言葉を探している。それすら丸わかりだ。卯乃は呆れるような視線で芦屋さんを見つめる。神崎さん以上に嫌いな相手らしい。
「思い出した。私、あなたと連絡先を繋いでおきたかったのよ」
「無意味ですよ」
「そう?」
「だって私は、もうじき死ぬ身ですから。繋ぐなら久米川君とやってください」
その意図を訊く前に、卯乃は一方的に「私はこれで」と切り上げて帰って行った。
後ろ姿がどんどんと小さくなる。
「う、うん。さようならー……」
動揺する芦屋さんの声も、少しずつ小さくなっていた。
「神崎さんの言う通り扱いづらいかも、あの子……」
俺は乾いた笑い声を漏らした。どうして卯乃は、大人をあんなにも拒絶するんだろう。呆れを通り越して、ただただ疑問だった。
卯乃の姿がもう米粒のように見える。余程早くこの場から離れたいらしい。
「そういえば、神崎さんは『親がいない自分のように、大人を頼れない子供をつくりたくない』っていう信念の元、俺たちを助けてくれていますよね」
突然話が変わったことに驚きながらも、芦屋さんは返事をしてくれた。
「そうね。本当にあの人らしいわ」
「芦屋さんは、どうして俺たちを助けてくれるんですか」
彼女は押し黙った。考え事をしているようだ。
「弟妹が、いるのよ。五人。ちょうど、君たちくらいのもいる。だから、ほっとけないのよね」
「へえ」
だからこんなにも頼りがいのある人なのか、と納得する。言われてみれば、長女のような印象がある人だった。
「お二人共、優しい人ですね」
芦屋さんは俺を見つめて目を細めたあと、「だったらいいわね」と微笑んだ。
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