第3話 筋肉令嬢、私の悩み

 馬車や船を乗り継いで着いた先には、私が生きてきた中でも見たこともない光景が広がっていた。


「……ここは……町ですか?」


 そこには土地は痩せこけ、建物はボロボロ……正直、街とは思えない光景だった。

 鉱山地域かと言われれば納得しそうな光景だが、私が住んでいた帝国にはここまで貧相な土地はなかった。


「リリナは、セラヴィア連邦王国を知っていますか?」


 私は小さく頷く。

 セラヴィア連邦王国は、いくつもの小さな国が一つになってできたところだと聞いている。


「ここはセラヴィア連邦王国の首都、セラフだよ」

「首都なんですね……」


 首都と言えば、たくさんの人と物で溢れているはず。

 なのに目の前の町からはそんな様子は一切感じられない。

 明らかに住みにくい環境が影響して、人の移動や定着ができていないのだろう。


「お母さん、アクアナッツを拾ったよ!」

「あら、そんな遠くまで言っていたのね」


 町の中を歩いていると、少年は大人の頭サイズの実を持って喜んでいた。

 町に住む人たちの笑顔が溢れているのが、この町の救いなんだろう。


「あれはこの国、唯一の飲み水だ」


 あの実のどこからそんな水が出てくるのだろう。

 私が興味深そうに見ていると、ガレスさんが少年の元へ駆け寄る。

 ガレスさんが剣で強く叩くと、少しずつ中から水が垂れ出てくる。


「あのようにして水を飲むんですが、中々硬いので飲むのも大変なんです」


 私はアクアナッツに興味が出てきた。

 剣で強く叩き割っても、中々割れない実が存在しているなんて知っていたら、すぐに取り寄せていただろう。


「貸してもらってもいいですか?」

「あっ……ああ」


 何度も叩き割ろうとしているガレスさんからアクアナッツを受け取ると、少しずつ指に力を入れる。

 まずは試しに5割の力で握り潰すことにした。


――バン!


 耳の奥を突き破るような音が周囲に広がる。

 アクアナッツが割れると、大量の水が溢れ出てきた。

 このサイズの実にどうやって水が入っていたのかと思うほどだ。


「わぁー、お母さん水が出てきたよ!」


 少年に実を渡すと嬉しそうに、母親とコップに入れて飲んでいた。

 ゴクゴクと喉が動くところを見ると、かなり水に困っていたのだろう。

 だが、私にもずっと困っていることがある。


「んー、筋トレするには何個も必要になりますね」


 私の筋トレ道具にするには、少し物足りなかった。

 指の筋トレって中々難しいのよね。

 大体のものは壊れてしまうから、指一本で錘をたくさんつけた私の体重を支えるぐらいしか方法がないの。

 きっと全力でアクアナッツを握り潰したら、弾け飛んで何も残らないだろう。


「やっぱりあいつと似てるな……」

「何かありましたか?」

「いや、何もない」


 私を見て何かを考えているガレスさんに声をかけるが、彼は首を横に振っていた。

 勝手にガレスさんの訓練を横取りしちゃったかしら?

 確かに剣でも切りにくい実って、騎士の訓練にも使えそうだものね。


「面白いものを見せてもらったよ。じゃあ、次に行こうか」


 そう言って、ルシアン様の後ろをついて行く。

 しばらく町の中の様子を確認しながら歩いて行くと、大きな屋敷が見えた。


「ここが僕の屋敷だよ。首都の中では、大きい方かな」


 首都の中ではあまり大きな建物がなかっただけに、ルシアン様の屋敷の立派さが際立つ。

 どうやらルシアン様はセラヴィア連邦王国の貴族か何かなんだろう。


「リリナには僕の護衛騎士になってもらおうかと思う」

「えっ……」


 私は少し浅はかだったと気付かされた。

 あの時、ルシアン様からプロポーズされたと思っていた。

 よく考えてみれば、あれは私が勝手に妄想していただけだったわ。

 実際にプロポーズはされてないものね。


「嫌かな?」

「くっ……」


 そんな捨てられた子犬のような目で見つめられると断るなんてできない。

 それに私はまだ自分の力で正々堂々と勝負をしていない。

 今の私には何もない……いや、この拳しかないただの令嬢だからね。


「ぜひ、お引き受けさせていただきます」

「ありがとう!」


 ルシアン様は私の手を握り、嬉しそうに微笑んだ。

 その姿を見ただけで、胸が締めつけられ熱くなる。


「出たな。人たらし」

「ガレス?」

「いや……何もないです」


 一瞬、ルシアン様が真顔になったけど、笑っていないルシアン様も可愛くて素敵ね。

 ちなみにガレスさんは、私の上司に当たる人になるらしい。

 私の拳を受け流した人が、上司なら実力的にも仕事はしやすいわね。

 それにガレスさんなら、手加減しなくても手合わせできそうでワクワクする。


「ふふふ……」


 あまりにも楽しみで笑いが止まらないわ。

 けど、私が笑った瞬間、ルシアン様とガレスさんが同時にビクッとしたけど、そんなに声が大きかったかしらね?


「じゃあ、僕は部屋に戻ってるから、あとはガレスよろしくね」

「ハッ!」


 ルシアン様は大きく手を振って、屋敷の中に入って行く。

 これからルシアン様にお慕いできるって思うと、心が軽くなる。


「まずは護衛騎士たちがいる騎士団本部に案内する」


 ここからはガレスさんに騎士団本部について案内してもらえるようだ。

 屋敷を横目に瓦礫が混じる道を抜け、少し離れた騎士団本部を目指す。


「騎士団員は少し変わったやつが多いけど、気にするなよ」


 ガレスさんはそう呟くと、騎士団の本部の扉を開けた。

 扉が開いた瞬間、私の視線は一人の青年とぶつかる。


「こいつ……誰?」

「新しい団員だ」


 青年は私の頭の上からつま先まで、値踏みするようにじっくりと見てクスッと笑った。


「またお飾りの護衛かよ」


 嘲るような声に私の拳がうずいた。

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