【悲報】結婚式当日、エレベータが閉まりません!

名無之権兵衛

第1話

 今熊大輔いまくまだいすけは焦っていた。エレベータが閉まらないからだ。


 かれこれ5分以上、扉は閉まらない。「閉」ボタンを押してもだ。いい加減、故障ではないかと疑い始めてきた。


 場所は59階建て高層マンションの50階。安全の都合から階段には鍵がかけられていて、階段伝いで外に出ることはできない。マンションの外に出るためには、このエレベータを使うしかないのだが……。


「まもなくドアが閉まろうとしておりますので、周囲にお立ちの方は気をつけて————」


 聞こえるのはエレベータのアナウンスと格闘ゲーマー顔負けの速さで押される「閉」ボタン。そして、今熊の焦燥の吐息。


(なんで……、なんで、閉まらないんだ! しかも、よりによって


 俺のに!!)


 今熊の脳は、無意識に過去を手繰り始めた。




   * * *




 今熊は大手外資系コンサルティング会社に勤めている。


 公私共に順風満帆。仕事では国内最大手の鉄鋼製造メーカーと専属契約締結を結び、1年前に営業部のプロフェッショナル・マネージャーに就任した。会社創業以来、最年少での大抜擢である。


 私生活では、六本木の高層マンション、「ザ・マンション六本木」の50階に住居を構えた。


 この「ザ・マンション六本木」はワンフロア貸切というラグジュアリーな設計がなされている。一部屋の敷地面積は600平方メートル。6LDKにシャワールームが2つ付いた、独り身にはあまりまる物件だった。これを彼は去年、30年ローンで購入した。


「なんで、こんな部屋を買ったんだ?」


 友人の質問に対し、今熊は

「家族と住むためさ」と答えた。


 今熊はこのマンションを買った頃からコンサルティング契約を結んだ鉄鋼メーカーの社長令嬢と交際していた。そして、交際をはじめて半年後にプロポーズを行い、婚約が成立していた。


 名前はゆずりは真子まこ。中高大と女子校で過ごしてきて、今年大学を卒業したばかりの文字通り箱入り娘だ。今熊が7つも年が離れた彼女と結婚を決めたのは、他でもない真子の父親の影響が強い。


 国内の鉄鋼業界の主導権を握る彼女の父親は、ことあるごとに今熊に真子との結婚を迫っていた。息子がいない彼にとって、取引先から現れた敏腕セールスマン・今熊は素晴らしい息子跡取りに映ったのだろう。今熊は最初は乗り気ではなかったが、赤坂の料亭で社長が頭を床に擦り付けたことと、何より真子の性格が仕事一本の自分を献身的に支えてくれそうだと思い、結婚を決意した。


 二人で、ゆくゆくは子供と一緒に生活するマンションには彼女の備品が徐々に搬入されている。結婚式で二人揃って婚姻届にサインをし、式が終わった後には住民票も移して、本格的な同棲生活がスタートする……算段だった。




 挙式まであと3時間と迫っているなか、今熊は自宅マンションのエレベータの扉が閉まらないという前代未聞の珍事に巻き込まれていた。




 新郎は式の2時間前には会場の新東京ホテルに入らないといけない。刻一刻と迫るタイムリミットに焦りを募らせて、今熊は「閉」ボタンを押し続けた。だが、エレベータは一向に閉まろうとしない。


「まもなく扉が閉まろうとしておりますので、周囲にお立ちの方は袖口などを扉に巻き込まれないようにご注意していただきますよう、よろしくお願いいたします。扉の前にお立ちのお客様がいた場合は、扉から離れるか、もしくはエレベータの中に入っていただくようお声がけをよろしくお願いいたします。まもなく扉が閉まろうと…………」


 このような調子で、エレベータのアナウンスは長い文句を一つも間違えることなく繰り返している。昨今の営業マンでもしないような長ったらしい、遠回しな言い方に今熊の焦る神経を逆撫でさせる。


「ああ、くそっ、どうすればいいんだ!」


 声を上げるとともに、操作盤に拳を叩きつけると、他の階のボタンに混じって緊急通報ボタンーを押してしまった。本来ならエレベータに閉じ込められた時に押すものだが、致し方ない。このエレベータを使わないとマンションから出られないのだから、実質閉じ込められたようなものだ。


 そんな言い訳に近い思考をしていると、操作盤から声がした。


「こんにちは。こちらはマンション管理AIブライトンです」

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