「俺たちの戦いはこれからだ!」で始まる物語

名無之権兵衛

第1話

「俺たちの戦いはこれからだ!」


 勇者ユウタが叫んだ瞬間、視界は真っ白になった。


 目の前に立ち塞がっていた魔王も、

 その奥で心配な面持ちでユウタを見つめる投獄された姫も、

 ここまで旅をしてきた仲間の姿も、

 魔王城の情景も、


 全てが消えてなくなり、真っ白のキャンパスの中にいるような世界が広がっていた。


(なんだ? 俺は……死んだのか?)


 そんなことはない、と首を横に振る。なぜなら、何人なんびとも勇者ユウタに攻撃を与えることは不可能だからだ。


 ユウタの能力は、自らの体より溢れ出す無尽蔵の魔力により世界の因果に影響を与える。


 世界の因果は彼のことを認知できなくなると同時に感知し、彼が起こす行動によって生じうる未来の中で、彼にとって最も都合の良い未来だけが選択される。


 つまり、勇者ユウタの攻撃は全て敵に命中し、敵の攻撃は勇者ユウタに一つも当てることができないのだ。


(ならば、魔王が俺以外の世界を滅亡させたというのか?)


 しかし、その可能性もすぐに違うと気づく。

 なぜなら魔王が世界を滅亡させるほどの芸当ができるとは思えないからだ。


 魔王は自らの体より溢れ出す無尽蔵の魔力により万物を生成する。


 灼熱の炎で覆われた鎧を身に纏い、最高硬度の鋼によって鋳造つくられた”バリカスクエー”によって放たれる魔力を帯びた斬撃はあらゆるものを切断する。


 ”バリカスクエー”によって辺りを吹き飛ばすことは可能だが、空も消滅させるほどの威力は出せないはずだ。


(なら、俺はいったい……)


 そのとき、背後から声がした。


「はい『勇者ユウタの冒険』これにて完結。『ご愛顧いただきまして、誠にありがとうございました。先生の次回作にご期待ください』と……」


 振り返ると、50メートル離れた場所に人影を認める。


 老齢の男だ。

 全身を白装束で覆い、猫背であぐらをかき、おまけに腰まであるボサボサの白髪で顔を隠しているものだから、周囲に溶け込んで見えにくくなっていた。


(誰だ……この人物は……?)


 勇者ユウタの疑問とは裏腹に、男は腕を組んだままブツブツと独り言を呟く。


「はあ……最近の『ステップ』は打ち切りが多いな〜。

 読者投票のシステム的に長期連載が人気だってのはわかるけどさ〜。

 もうちょっと新人にチャンスを与えてやってもいいんじゃないかね〜。

 あと普通にワシの仕事を減らして欲しい。

 打ち切りの処理めんどくさいんだから……えっと……」


 老人は俯いてばかりでユウタに気づく様子はない。

 ユウタは第一村人である彼に声をかけることにした。


「そこのお爺さん!」

「ウワッ!!」


 ユウタの声に老人は飛び上がった。

 長髪を手でずらして、あらわになった右目でユウタの姿を見る。

 そしてユウタのことを認めると、目を大きく見開いて、座ったまま後退りした。


「ど、どどど、どちらさま、でしょう……か」声が上擦っている。


「俺の名はユウタ。ナントカカントカ王国の勇者をしている者だ。

 ここは一体、どこなんだ? 

 俺はさっきまで魔王城にいたはずなんだけど……」


 老人は長髪から覗かせた目をぱちくりさせた。


「ユウタって、もしかしてさっき打ち切りになった『勇者ユウタの冒険』のユウタか!?」


「ウチキリってなんだ?」


 ”勇者ユウタの冒険”は中世ごろのファンタジー世界のため、週刊誌なんてものは存在せず、もちろん打ち切りという概念も知らない。


「まあ、俺のことを知ってるなら話は早いな。

 俺はいま、世界の命運をかけた戦いをしていたところなんだ。

 一刻も早く魔王城に戻りたい。

 どうやったら魔王城に向けるか教えてもらえるか?」


 老人はしばらく黙りこくったあと、小さくもはっきりとした口調でこう言った。


「すまんが、あんたは二度と王国に戻ることはできない」


 衝撃的な一言に、勇者は目を丸くした。


「……どうして!?」


 老人は空——白一色の何もない空を仰ぐと、「うん」と頷いた。


「それを丁寧に説明しておったら時間の無駄じゃな。

 せっかく面白そうなタイトルに釣られてきた読者が離れてしまう。

 まずはこの世界の概念を知るのじゃ!! ほれ、チチンプイプイ〜♪」


 なんて、今どき死語に近い呪文を唱えると、勇者ユウタの頭に”週刊誌”という概念、”打ち切り”という概念、そして”自分たちの世界が物語だった”という事実がインストールされた。


 という超常的な現象は起きていない。

 勇者ユウタには精神攻撃も効かないからだ。

 勇者ユウタが現代知識を手に入れることができたのは、紛れもなく老人が時間をかけて(小説で言うなら10000文字くらい)ユウタに懇切丁寧に説明したからに他ならない。

 それを作者のパワープレイによって一段落に割愛させたのだ。


 読者諸君も別段、無知な中世かぶれのなんちゃって勇者が現代の知識を知り、驚愕するところを楽しみたいわけではあるまい。

 自分の物語が消滅したことを知った主人公が、次にどんな行動を取るのかが知りたいはずだ。


 果たして、彼の第一声は————




「どうして、俺の物語は打ち切りになったんだ?」




 疑問だった。


 老人は白い髭をひと撫でした。


「ふむ。世界を救うはずの勇者が世界が滅んだ理由が知りたいのも必定か。

 では、聞かせるとしよう。覚悟は良いな」


 勇者ユウタは頷いた。

 その先に待っているのは絶望的な現実かもしれない。

 それでも首を縦に振ることが勇者主人公である証だ。


「じゃが、その前に————」老人は人差し指を立てた。

「一旦、話の区切りじゃ。2000文字過ぎたからの。続きは次回から行おうか」


 というわけで、勇者ユウタの物語がなぜ打ち切りになったかは次の話で。

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