第39話 交わらぬ計画
洋介は手帳を開き、村瀬に向き直った。
その表情は真剣で、軽薄さは微塵もない。
「ただ古い店を続けるんじゃ意味がないと思うんです。ここを、カフェを兼ねた交流スペースにしたいんです」
村瀬が黙って聞くと、洋介はページをめくった。そこには簡単な図表や数字が書き込まれている。
「土地柄を考えると、週末には外から人を呼ぶのがいい。近くの川で釣りや登山に来る人たちをターゲットにしたいんです。平日は村の高齢者の憩いの場に。昼は軽食、夜は地元の人向けに小さな飲み会スペースも用意できれば……」
彼は指先でメモの箇所をなぞりながら、落ち着いた声で説明を続けた。
「都会で会社勤めをして、いろんな店を見てきました。大きな資本は要りません。必要なのは、場の空気を作ることだと学んできました」
父の喜代志は、煙草を灰皿に押しつけながら鼻を鳴らした。
「お前、そんな小洒落た場所をこの村でやって、誰が通うんだ。釣り客は魚しか見とらんし、登山の連中は車で町まで行って飯を食う。村のじいさんばあさんは、茶飲み話なら公民館で足りとる」
言葉は冷たいが、否定だけではなく、長い経験から来る即答の重みがあった。
「確かに、ここに来る人の数は多くないかもしれません」
洋介はうなずき、すぐに反論はしなかった。
「でも、このまま空き家にしてしまうよりは、村に灯りを残せると思うんです。カフェの利益だけを考えてるわけじゃない。人が立ち寄る場所を作れば、次の動きにつながるかもしれない」
その言葉には、単なる夢想を超えた切実さがにじんでいた。
村瀬は、二人のやり取りを聞きながら複雑な思いにとらわれていた。
洋介の語る内容は、都市のビジネスセミナーで聞いたことのあるような筋道だった。顧客層、ペルソナ、地域資源の活用――確かに論理は通っている。
だが、谷筋にぽつぽつと灯る家々を思い浮かべると、その計画が実際の土地に根づく姿はなかなか想像できなかった。
「……夢だけで飯は食えん」
父の言葉は繰り返された。
しかし、息子は笑みを崩さずに前を向いていた。
「夢が無きゃ、ここに戻る意味もなかったと思うんです」
村瀬は、そのまっすぐな眼差しに言葉を失った。
どちらの言葉にも真実がある。父の現実も、息子の情熱も。
だが二つは微妙にかみ合わず、目の前の古びた商店のように、どこか時間から取り残されているように見えた。
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