第20話 さかつくの未来

 いつものように、朝礼で当日の仕事とアサインを読み上げる。現場準備を手伝い、社員の出発を見送るとイレさんに一言かけに行った。


「おはようございます。」

 

「お~、おはよう。調子はどうだ?」


「全身筋肉痛ですよ。たった10分しか試合に出てないのに情けないですね。」


「たった10分でも試合は特別だ。若いのだって、次の日はまともに動けない時もある。しっかりストレッチしておけよ。さて、座ってくれ、今日は話があるんだ。」


 イレさんが来客用テーブルに移動して、ヨウを手まねいた。


「昨日の試合で分かったと思うが、今年のチームは強い。放っておいても、軽く全勝優勝するだろう。

 だからな。サッカー部の目標は、来年の天皇杯優勝と決めている。と言っても、みんなには内緒にしておくように。変なプレッシャーをかけたくないからな。

 あと、ヨウは、試合に出続けてもらう。現場感覚を持った企画屋ってやつがうちには必要だ。」


「天皇杯優勝!?行く先ジャイアントだらけですね………どんだけ倒せば………………。

 あと………企画屋?」


「そうだ、企画屋だ。初めて『てっぱん』で会った夜、お前は面白い構想を話した。それに俺は乗っかろうと思う。」


「なんか言いましたっけ?」


「なんだ覚えてないのか。俺に農業やれって言っただろ。」


 たしか………あの日、酔いにまかせて理想の都市計画を語ったような気もする。


「もしかすると、都市計画の話ですか?」


「そうだよ。俺は面白いと思った。そして、ヨウならできると思った。」


 よし、ホワイトボードに俺たちの未来をまとめようとイレさんが立ちあがり、ホワイトボードに何やら書き始める。


 *****

 さかつくシティを造る


 さかつくを中心にしたサッカー都市を造り上げる。


 目標:3年以内。


 ・造園の力で、住みよい町を造る。

 ・サッカーを中心に、人が集まる町にする

 ・さかつくで、天皇杯制覇する

 ・さかつくで、J1制覇する

 *****


「お、俺、こんなこと言ったんですか?」


 ヨウは全くと言っていいほど記憶にない。


「とんでもない夢物語ですね。どれもこれも、一生モノのプロジェクトです。本当に、こんなこと言ってました?」


「『俺たちの』って言っただろ。俺の夢も混ぜたんだよ。とんでもない夢物語で悪かったな。お前は酔って覚えてないかもしれないけど、もうすでに俺がお前に巻き込まれてんだよ。これから、みんなも巻き込むんだよ!」


 うへ~


 ヨウに冷汗が流れる。


「そもそも、お前の話はもっと壮大だったんだぞ。」


「酔っぱらいが言ったんですよ?」


「あの日のお前の言葉はな、酔っぱらいの言葉であって、酔っぱらいの言葉ではなかったんだよ。アリスがお前とわさびを『アリス』に泊めただろ。夢って言ってただろ。つまり、そういうことだよ。」


 そういえば、『てっぱん』に初めて行った日に、アリスが夢と発言していた気がする。周囲の反応がおかしかったから覚えている。


「そういうことって………。」


「そういうことは、そういうことだ。話すと長くなるからな。おいおい話す。まぁ、夢なんて、1人じゃ1つ叶えるのも簡単じゃないが、みんなで見ればけっこう叶うもんさ。もうすでに目標ができた。夢物語から実現に向けて100歩は進んだ。道のりは100万歩以上ありそうだがな。」


 何がなんだかさっぱり分からない。


「ということで、ヨウ、お前の夢は今日から俺の夢だ。この夢は、たくさんの人間と一緒に見よう。夢を見る仲間を探してきてくれ。まずはオープンカフェの成功だ。

 オープンカフェは、お前がこの町を知るためにとても良いプロジェクトになるだろう。」


 何がなんだかさっぱり分からないが、ヨウは坂本造園の社員だ。サッカー部員を続けながら、夢を実現するための仲間を募り、目標達成に向けて働けという指示を受けたということだ。


 社長室を出たヨウは、猛烈な不安にかられていた。ただ、それとは逆に、高揚感のようなものも感じていた。


 何がなんだかさっぱり分からないが、イレさんのおかげで42歳プロ初得点なんて経験ができたんだ。とことんイレさんについていってやる!


 エリートサラリーマン時代には感じたことのない力がヨウにみなぎってきた。たぶん、これが愛社精神ってやつなんだろう。


 *****


 月曜日の午前中は、試合の反省会と決まっている。社長室を出た後は、クラブハウスに向かった。


 完全勝利を決めたさかつくだったが、試合の振り返りに余念はない。

 ヘッドコーチの中田が、ひたすら檄を飛ばす。

 ヨウも、攻守の切り替えのタイミングなどの改善点をビデオを見ながら丁寧に指導された。ある意味、試合よりきつい………。


 イレさんは遅れて入ってきたが、部屋の隅っこの椅子に座り爆睡していた。


 反省会が終わると、もんちゃんが話しかけてくる。


「ヨウさん、今日の夜は任せといて!社長に前借りしたもんね。」


「お~。『てっぱん』おごってくれるんだよね。やったね。」


 もんちゃんに金がないのは、家族の生活費を1人で稼いでいるためらしい。弟がJリーガーになったら楽になるね。本当にできたやつだよ。お猿さんだけどね………。


「で、ヨウさんにお願いがあるんだけど………。わさびさんに頼んで、『てっぱん』にアリスを呼んでもらえないかな?」


「いいけど?」


「悪いね。アリスが来れば、勇気が喜ぶと思うんだよ。」


「なるほどね。青春だね~。」


「あ、あと………わさびさんに、俺にもお酌してって頼んでもらいたいな~。」


「わ、分かったよ。って、お酌してあげてなんて頼めないからさ、俺がわさびの代わりに店を手伝うかな。その間、一緒にご飯食べてよ。」


 ウキ~~~~~


 もんちゃんが壊れた。


 わさびと一緒に暮らしててごめんな。

神じいさんに文句言ってくれ………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る