『ちぐはぐな時計』

かごのぼっち

序章

 ウルゴス。


 『大きな古時計』で有名なグランドファーザー型とのホールクロック、つまり大型の置時計だと言えば想像しやすいだろうか。


 1920年に南ドイツのシュワルツ・ワルト地方(ブラック・フォレスト「黒い森」)にあるシュベニンゲンで誕生した「ウルゴス」は、豊穣な森林から得られる樫材やくるみ材など良質な木材を使用しており、趣きがある。

 ウルゴスが奏でるメロディーは、「ウエストミンスター」「ウィッティングトーン」「セントミカエル」の3つから成り、一般に販売されるクオーツ式時計では味わえない温かみのある音色を堪能できるわけだが⋯⋯。


 壊れている。


 短信(時針)は微動だにせず、長針(分針)は異様に速く回り続け、剣(秒針)は狂ったように文字盤を行ったり来たり、振り子である重錘じゅうすいはぷるぷると震えるだけだ。


 何度か時計職人が直しに来たが、一瞬直ってもまたすぐに壊れてしまう。


 このウルゴスが蒼春そうしゅん高等学院のエントランスに設置されているわけだが、生徒たちが立ち止まって時刻を見ることもなくなってしまい、その音色も既に忘れ去られてしまった。


 ただの飾りと成り果てたウルゴス。


 そんなウルゴスが一人の生徒の目にとまった。それぞれのパーツがバラバラの動きを見せており、決して揃うことのない時間。そのちぐはぐな時計を見て、生徒はため息をついた。


 「まるで自分を見てるみたい」


 そう言ってウルゴスを見て立ち止まっていた生徒だったが、もう一度ため息をつくと自分の進むべき方向へと歩き始めた。





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