スキル:無能。~異世界での職探し、終わりました~

永守

第1話:死に際はカップ焼きそばとともに

 生きてる意味がわからない——

 そんなことを思ったのは、別に初めてじゃなかった。だけど、「あ、本当に終わるんだ」と実感したのは、たぶんこの瞬間だった。

 

 カップ焼きそば。

 コンビニで買ってきた、夜勤明けのご褒美。

 

 部屋はいつものように薄暗い。遮光カーテンで昼も夜もわからなくなったこの六畳一間のアパートに、外の時間なんて関係ない。PCのファンの音と冷蔵庫の唸りだけが、今日もちゃんと生きてることを教えてくれる。

 

 俺、田所大輝(27歳・フリーター)は、バイトから帰ってきて、すぐにこれをやる。

 まず、服を脱ぐ。

 次に、ベッドにダイブ。

 三分くらい天井を見て、現実逃避。

 そして、焼きそばタイム。

 

 湯を沸かしながら、パッケージを丁寧に剥がしていく。蓋の端をちょっとだけめくって、粉末ソースと青のりを取り出して——

 

「……あれ?」

 

 視界が揺れた。手が震える。左胸がズクンと痛い。

 

 なんだこれ。寝不足か? それともカフェインの摂りすぎか? いや、ただの運動不足だろ、どうせ。

 そう思って立ち上がった瞬間、ふらついた。

 

 次の瞬間——

 

 カップ焼きそばが、床に落ちた。

 

「は……?」

 

 瞬間、胸が締めつけられるような激痛。

 呼吸が、できない。

 目の前がぐにゃぐにゃと歪み、耳鳴りがし、足元が崩れた。

 

 バタン、という音が、遠くで聞こえた。

 それが自分の体が床に倒れた音だと気づくのに、数秒かかった。

 

 ……マジで?

 俺、死ぬのか?

 しかもこれで?

 

 目の前には、床にひっくり返った焼きそばのカップ。

 中にはまだ乾いた麺が入っていて、お湯もかかってない。

 

「せめて……食ってから……死にたかった……」

 

 それが俺の、最期の言葉だった。

 

________________________________________

 

 目を覚ましたとき、俺は見知らぬ空間にいた。

 

 頭上には見たことのない彫刻が施された天井。大理石のような床。神殿のような空気。そして、なにより神々しすぎる美女が、俺を見下ろしていた。

 

「やっと目覚めましたね、転生者さま」

 

 ……あ、これ、あれか。

 異世界転生ってやつか。

 

 ゲームで何度も見た。アニメでも観た。

 事故で死んだと思ったら、なぜか異世界にいて、女神が転生先を説明してくれるってやつ。

 

「あなたは前世で、不遇にも早すぎる死を迎えました」

 

 不遇……まあ、確かに焼きそば食えずに死ぬとか不遇だな。

 

「ですが、この神殿に導かれた者には、もう一度人生をやり直すチャンスが与えられます!」

 

 おお、来たな。

 チートスキルとか、勇者的ポジションとかもらえるやつ。

 

「それでは、スキル抽選を行いますね! 女神の祝福とともに!」

 

 え、抽選?

 え、確定じゃないの? チートスキルってもらえるのがデフォじゃないの?

 

 女神が優雅に手を振ると、目の前にホログラムのような画面が現れる。

 そこには、ガチャのような回転ホイール。

 

【ランダムスキル抽選中──】

 

 ギュルルルルル……

 

 くるくると光の輪が回る。

 次第に減速しながら、ポインターが徐々に止まり──

 

【結果:スキル《無し》】

 

 …………は?

 

 一瞬、女神の顔が固まった。

「えっ」とか言った。今、確実に言った。

 

「えっと……スキル無し……ですか。ま、まあ、そういうこともあります。運も実力のうち、ですから」

 

 おい待て。

 

「あなたには……その……体ひとつで、頑張っていただく方向で」

 

 待て待て待て。

 

「異世界は自由ですからね! ご武運を!」

 笑顔とともに、女神が俺の背中を押した。

 

 地面が割れ、視界が光に包まれ、俺の体が落下していく。

 

 ……おい、ちょっと待て。

 焼きそばの恨み、まだ晴れてねえんだぞ?

 

 俺の第二の人生は、スキル《無し》から始まった。

 

 そしてそれは、人生という名の二周目が、

「転生前よりも遥かに難易度が高かった」ことを意味していた。

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