絶対に質問してはいけない〜コックリさんAIアプリ

真木草介

プロローグ

 10月の風は乾いていた。

 高層ビルの隙間を吹き抜けて、東京文京区・本郷の空にわずかな雲を散らす。

 イチョウの葉は色づき始め、街路樹の枝のあいだから射しこむ光が、教室の壁をまだらに照らしている。

 相葉真也あいばしんやは、窓際最後尾の席で、その光の模様をぼんやりと目で追っていた。

 

 本郷学院高等学校。

 都内でも屈指の進学校──のはずだった。

 

 実際、周囲には、朝から晩まで参考書を手放さず、目の奥までぎらつかせ、競争意識丸出しの連中が何人もいた。

 東大医学部だの、早稲田の政経など、そんな言葉が毎日、当たり前に飛び交う。

 だが、最近の相葉真也の成績では、そんな会話には近寄ることもできない。

 

 思い返せば、去年……。一年生の今頃は、自分はもっと真面目で成績も良かった。

 勉強にもっと集中できた。

 だが、今では席次は滑り落ちていくだけ。

 

 今の成績では、東大や京大はもちろん、有名私立大学もおぼつかないだろう。

 いいとこ、地方の国立大学? だが、それも学部を選んでの話だ。

 

 明日から中間テストが始まる。

 ──少しは踏ん張らなければ。

 もしうまくいかなければ……いっそ大学進学なんて、やめちまうか?

 

 やけくそ気味の考えが、真也の頭をよぎっては消える。

 教壇に立つ教師の声も、黒板に広がる数字や図形も、真也の意識に届くことはなく、ぼんやりとした視線は、また自然と、窓の外へと向かっていた。

 

 一瞬、真也の視界を何かが遮った。

 上から下へ。何か大きい塊が目の前を通り過ぎたのだ。

 

 ドン、と何かが地面にぶつかる音がした。

 その瞬間、真也は、無意識に椅子を蹴って立ち上がっていた。

 椅子が派手な音を立てて、後ろに倒れる。

 突然、教室の最後尾から響いた激しい音に、教師とクラス全員の生徒が一斉に真也の方を見た。

 

 クラスメート達が目撃したのは、窓にへばりついて下を見ている、相葉真也の背中だった。

 その背中は無言のまま揺れ、激しく震えているように見えた。

 

「相葉、どうした?」

 教師が、心配と詰問が混じったような声で、真也に問う。

 だが、真也は唇を震わせたまま、何も答えない。

 真也の前の席の女生徒が、椅子から立ち上がって窓の外を覗いた。


 瞬間──

 

「ひっ、きゃぁああああああーっ」


 女生徒の絶叫が、教室中に響いた。

 

 見下ろしたそこには──

 アスファルトの道路の上に血だまりが広がり、その真ん中にゴミのようにくしゃくしゃになった男子生徒の姿があった。

 

 あれは加藤智也かとうともや──? 嘘だろ?

 

 窓の外を目撃した誰もが驚き、泣き声と悲鳴が連鎖した。


 加藤智也──


 三年生の生徒会長で、入学以来、成績はトップの座を譲ったことがない。

 東大に推薦入学できるレベルの頭脳を誇り、しかも長身で、吉沢亮並みの容姿。

 誰もが一目置く存在だった。

 

 だが今、そこに横たわっているのは、その面影をかろうじてとどめた肉塊──。

 

 白い制服のシャツは破れ、肩から腕にかけて不自然な角度に折れ曲がっている。

 足は奇妙に絡まり合い、全身が縮み、歪んでいた。

 

 血に濡れた額、砕けた頬骨の上に、瞳孔は黒い穴のように広がり、眼球は片方が突出している。

 そして、その両眼は見開かれたまま空を仰いでいるように見える。

 落下衝突の際に、顎の関節を砕いたのか、下顎はだらりと垂れ、奥歯の列まで露わになり、その口は、あり得ないほど大きく開かれていた。

 

 つい昨日までは、真也にとっては眩しく、憧れの先輩でもあった加藤智也が、今は、ゴミのような姿を晒している。

 その事実に、真也は「尋常ではない恐怖」に覆われる自分を意識していた。

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