勇者aaaaの弱音

ユウグレムシ

 こっちの世界へ来て初めて思ったのが、「せっかく貯めていたガチャ石が全部無駄になったな」だった。背負わされている使命がでかすぎて、明日までに帰る、来週までに帰る、というほど簡単にはいきそうにない。今度のガチャでは好みの新SSRキャラが実装予定だったのに。ウィークリークエストもマンスリークエストもすっぽかしちゃった。帰れる頃にはサ終してるかも。


 あっちに居た頃は、転生だの転移だのといった異世界ファンタジーノベルが大好きだったが、ああいうのが楽しいのは読者でいられる間だけ。読者は異世界に対して何の責任も持たずにすむ。スナック菓子をつまみながらでも、鼻クソをほじくりながらでも、フィクションの中の世界の危機に苦しみもがく登場人物達を、安全に眺めおろしていられるからな。ところが当事者になってしまえば、異世界に来たって、外国に引っ越したのと何も違わない。言葉が通じなくても、常識が通じなくても、生きてる限り毎日腹が減ってきて、どうにかしてメシを食っていかなきゃならない。

 厳しい環境でもくじけず異文化に順応して成り上がっていけばいいじゃん、とか言う奴いるだろ?それは傍観してるだけだから言えるんだ。もちろんチートスキルは授かっている。物理法則を無視して、普通の人の倍速で動ける。しかし、そんなチートができてしまうと、そのぶん、自衛隊員や救急隊員ぐらいしか立ち入らないような、命の保証がまったくない秘境のダンジョンを、ランタンの明かりひとつで隅々まで探索させられて、化け物相手に幾度も殺し合いをさせられる。殺し合いに勝てば勝つほど、王様の期待もお姫様の期待も、死んでいった戦友達の遺志も重くのしかかり、最終的には、世界の存亡を懸けた戦争の最前線で、チートスキルがあっても勝てるかどうか分からない魔王と対決させられるはめになる。そのうえ、敵は後ろにもいる。チートスキル持ちばかり王様にちやほやされるせいで割を食っている騎士達や傭兵、冒険者などが、あらゆる手段で邪魔者を排除しようと狙っている。これでは命がいくつあっても足りない。こんな緊張状態の続く毎日が面白いわけない。お姫様とねんごろになる前にストレスで気が狂うに決まっている。それよか清潔な水と柔らかいトイレットペーパーがコンビニで手に入る世界に戻りたい。チートなんかできなくていいから、特別な存在にも何の中心人物にもなりたくなんかないから、誰の注目も浴びたくなんかないから、一生ふつう未満の雑魚モブでかまわないから、化け物の血飛沫を浴びずに暮らせる世界へ帰してもらいたい。

 だけど最近、こうも思う。どんなに幻滅させられてばかりの異世界でも、これがリアリティなんじゃないかって。ベタな言い方かもしれないが、ここで過ごした実感として、ファンタジーノベルにありがちな、ご都合主義まみれの異世界は、やっぱり嘘臭すぎる。異世界は現実逃避用のテーマパークじゃない。逃げ場なんかどこにもない。どこへ逃げたって、第二第三の厳しい現実があるだけだ。よそ者にやさしい人は泥棒かペテン師だ。貴族だろうが庶民だろうが、飽き性で怒りっぽくて、生き死にや食い扶持が関われば他人よりも自分優先になっちゃう小狡さこそ、ゲームのNPCとは違う、本当の人間らしさってものだ。


 こっちへ来て学んだことがもうひとつある。スマホゲームをやめたい人は、アプリを起動するのを我慢して、デイリークエストを一度すっぽかしてみるといい。そうすれば、費やした時間の馬鹿馬鹿しさが分かり、肩凝りからもドライアイからも解放されて、ゲームなんかどうでもよくなるよ。

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