氷原の王冠 ―ロシア帝政復興戦記―
ばかわたし-bakawatasi
ツァーリの夜明け
かつて、「皇帝」と呼ばれた者たちがロシアを支配していた時代があった。
世界の大国であったにもかかわらず、革命と戦争によってその玉座は砕け散った。
そして今、その崩れた王座に、再び一人の男が座ろうとしていた。
ウラジーミル・プーチン。
彼はロシア連邦を二十年以上にわたり率いた指導者だった。
強権と安定の象徴。だが、二〇三〇年代に入ると、その権威は翳り始めた。
クレムリンの奥深く、地下の執務室にただ一人残されたその夜。
男は静かに地図を見下ろしていた。
ロシアの大地。ウラルから東、シベリアの無限の雪原。
そしてその地には今、無数の旗が立っていた。
共和国、評議会、軍閥、宗教国家、企業国家、果ては無政府地帯まで。
「……操られるのは、もううんざりだ」
プーチンは呟いた。
周囲の参謀たちは、もはや忠臣ではなかった。
中国の傀儡、欧米の工作員、そしてロシア軍内部でさえ、誰もが己の利権を求めて動いていた。
――我がロシアではない。
そう思った時、彼は一つの答えに辿り着いた。
「帝政を復活させる。余が、ツァーリとなる」
ロマノフ王朝の末裔が絶えた今、新たなツァーリは己自身。
選ばれし者ではなく、奪い取る者。
翌朝、クレムリン大聖堂にて、かつての王冠のレプリカを戴く式典が非公開で行われた。
銃を持つ将軍たちと、沈黙する官僚たち。
拍手も歓声もなかった。ただ、重苦しい沈黙だけが空気を支配していた。
式典の終わり、プーチンは短く宣言した。
「この国は、再び一つとなる。皇帝の手によって」
だがその言葉が、ロシア全土を揺るがす戦乱の引き金になることを、彼自身、まだ知らなかった。
――三日後。シベリア全域で、同時多発的に独立宣言が行われた。
「帝政?貴様はもう過去の亡霊だ」
「ここは我らの自治領。ツァーリに従う理由などない」
「帝政の名のもとに中央集権?笑わせるな、時代は変わった」
東シベリアでは、「シベリア社会主義共和国」が再建を宣言。
トゥヴァでは「タンヌ・トゥヴァ人民共和国」が復活を謳い、
ヤクーツク周辺では「シベリア暗黒騎士団」なる武装集団が権力を握っていた。
百の軍閥が、百の旗を掲げ、百の言語で、プーチンに対する反旗を翻した。
ロシアは、再び裂けた。
だがプーチンの目には、怒りも焦燥もなかった。
彼は静かに、すべてを見下ろしていた。
「ならば、一つずつ拾ってやろう。
王冠の下に、すべてを集めてな」
かくして、氷原の戦乱が始まった――。
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