第2章 わたしの世界?④
外では人を焼き殺さんばかりだった昼の陽光は、天窓を通り抜けるときらきらとサンキャッチャーにも似た光のゆらめきに変わってみせた。
シーリングファンがゆったりと光と甘い空気をかき混ぜているその下で、わたしはは張り切って接客をしていた。
「いらっしゃいませ!お席空いてますよ」
入ってきたのは常連客の
短いグレイヘアはいつも綺麗にカールされていて、仕草から何から『上品』という言葉を体現したような人だった。
今日はネイビーの麻でできたワンピースの上に同じ素材のショートジャケットを羽織っていて、ホワイトパールのネックレスがアクセントになっている。
「あらあら、嬉しいわあ。今日も間に合っちゃったわね」
にっこりと笑って2人掛けの席に座る琴子さんのもとに、水とおしぼりの乗ったお盆を手にした睡が向かった。
(わたしが接客したかったのになあ)
琴子さんは平日2時間の[ドリームタイム]によく来てくれる常連さんだった。
毎日来るわけではないし、長居する時は有料のお茶のおかわりをしてくれる。それに帰りしなに必ず焼き菓子を何個か買って行ってくれるというあまりにも優良すぎるお客さんだった。
もちろんそれだけで贔屓しているわけじゃない。
毎日ドリームタイムに出すお菓子の感想を言ってくれるから、わたしはそれを直接聞きたくてそわそわしてしまうのだ。
「……里依紗ちゃん」
「は、はい!!」
琴子さんと何かを話している睡を横目でちらちらみていると、バクさんから声をかけられてわたしは飛び上がった。
「感想をききたい気持ちはわかるけど、お客様は1人だけじゃないのよ。どんな人も、ここにいらっしゃったお客様には全て等しく大切なお客様。誰か1人を贔屓しちゃいけないわ」
「ご、ごめんなさい……」
浮ついていた気持ちにしっかりと釘を刺されて私はしゅん、と落ち込んだ。
そうだ。
もしわたしがお客様で、わくわくしながらお店に来たのにおざなりな接客をされたら二度とお店になんか来たいと思わないだろう。
そんなあたりまえのことが、わたしはすっかり頭から抜けていた。
「……」
百面相をするわたしをみていたバクさんは、「ちょっとこっちおいで」と言って奥にあるキッチンスペースにわたしを呼び寄せた。
(お、怒られるのかな……まさか、もう来るな……とか……!?)
ドキドキしながらキッチンに向かうと、バクさんは金色のゴブレットを取り出してわたしの前にことりと置いた。
ひんやりと冷たい冷気を纏うそれの前に透き通った赤い色の液体の入ったボトルを翳すと、バクさんはおもむろに口を開いた。
「汝、会得せよ。
一を十となせ。
二を去るにまかせよ。
三をただちにつくれ。
四は棄てて五と六より七と八を生め。
かくて魔女は説く。
かくて成就せん。
すなわち九は一にして、十は無なり。
これを魔女の九九という」
凛、とした声で不思議な呪文を唱えながらボトルを傾ける。
とろりとした赤い液体が注がれたゴブレット。
なみなみと液体が満ちるはずのそれは見る間に氷柱に変化し、氷の山となりゴブレットから顔を出した。
「……っ!?」
驚いてポカンとしているわたしに、バクさんはゴブレットとスプーン手渡して「シャーベットドリンクだよ」と言った。
「さっきの呪文、どういう意味だと思う?」
「え……?いや、その……」
バクさんはにこっと笑う。
「それがわかったら、きっと里依紗ちゃんも一人前になれるはずだよ」
何に対しての、という前置きをせずにいうだけ言ってバクさんは「食べ終わったら片付けて、それから戻ってね〜」と去って行った。
わたしはしゃく、とゴブレットの中のシャーベットをスプーンで掬って口に運ぶ。
「……ラズベリーだ」
甘酸っぱい果実の味が、口の中に広がった。
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