運命と絆のトリックスター

雪名

第0話 プロローグ

 かつて、星の女神エストレリアが創造したとされる世界『シルグラッド』

 この世界はかつて、どこからともなく現れた『魔王』を名乗る存在の侵攻を受けたのだという。

 だが、女神から聖剣を授かった一人の勇者アルスハイルの活躍により魔王は封印され、世界の平和を取り戻し、人々は魔王という脅威に怯える生活から解放された。

 とはいえ、もし魔王の封印が解かれる事があればこの世界に悲劇が繰り返され、多くの人々が再び犠牲となってしまう。

 それを防ぐべくアルスハイルはアストランティア王国を建国し、子孫達に封印を守る使命を課し、長きに渡ってその使命は守られ続ける事となった。


 それから千年の時が経ち、アストランティア王国は勇者アルスハイルの子孫である国王コーネリアスが治めていた。

 コーネリアス王の治世の評判は良く、騎士団の活躍によって治安も維持され、この国に住まう人々は平穏な暮らしを謳歌する事が出来た。

 しかし、平和も長くは続かなかった。アストランティアとは同盟国であった北のロマシュカ帝国にて、ドリヴァ皇帝の息子であるガルディ皇子が突如クーデターを起こし、ドリヴァ皇帝は死亡。

 ガルディ皇子は新たな皇帝として就任し、封印された魔王の力を我が物とすべくアストランティア王国へと攻撃を仕掛けたのだ。


「陛下!大変です!ロマシュカ帝国が攻め込んできました!」


 兵士が血相を変え、城内の玉座の前へと駆け込み玉座に腰掛けるコーネリアスに報告をする。


「何だと?ガルディめ、やはりこの国の聖剣を狙ってきたか……!仕方がない、今すぐに迎え撃つ準備を整えよ!」


 女神の聖剣を奪わせる訳にはいかないと、コーネリアス王は騎士団を率いてロマシュカ帝国の侵攻を食い止める為に動き出す。

 だが、ロマシュカ帝国の戦力は彼らの想定外にあった。元々高い武力を誇っていた国であったが、それに加え幼い少年兵の投入、禁忌指定された魔術式の使用等、手段を選ばぬ戦術に騎士団は押され壊滅してしまう。


「くっ……ここまで……か……」


 火の手が上がる玉座の間。周囲には王国の騎士達が屍となって横たわり、国王であるコーネリアスを守る者は一人としていなかった。


「大人しく従っておけば、少しは長生きが出来たものを……」


 金の髪をオールバックにまとめた紅い瞳のその若者は、多くの帝国兵を引き連れコーネリアスを前に不敵な笑みを浮かべている。


「ガルディ、お前は魔王の封印を解放し、一体何をするつもりだと言うのだ!

 あれを解放すればこの世界に絶望をもたらすだけだ!千年前の悲劇を繰り返してはならない!」


 若者……ロマシュカ帝国皇帝ガルディに対し説得を試みるコーネリアス。だが、ガルディはそれを鼻で笑い一蹴する。


「ふん、それは貴様のような古い時代にしがみつく愚者が決める事ではない。新たな価値観に迎合出来ない者は淘汰される運命なのだからな」


 ガルディが帝国兵を一瞥すると帝国兵は剣を構え、コーネリアスを取り囲む。この状況、もはや打破する手段は無い事はコーネリアス自身も理解出来ていた。

 無情にも帝国兵が彼に向かって剣を振り下ろす。その時、彼の中で一人の少女の姿が脳裏を過ぎった。


(……どうか、お前だけでも無事に生き延びてくれ……)


 その瞬間、戦いは終結を迎え、ロマシュカ帝国の勝利に終わるのであった。


 アストランティア王国地下深くには魔王の封印を守るべく作られた空間が存在していた。

 代々王家の者達から『封印の間』と呼ばれたその空間へは、使命を背負いし者が肌身離さず携える鍵が無ければ入る事は許されない。

 それは王家の者以外の立ち入りを禁じている事を意味するのだが、コーネリアスを殺害し鍵を強奪したガルディ達にとっては何の意味も有さないものであった。

 長らく他者の侵入を拒んでいた巨大な扉に鍵が差し込まれる。邪なる存在の侵入に抵抗するかのように重い扉であったが、その抵抗も虚しく開け放たれてしまう。

 扉が開かれた先には、暗闇へと続く長い長い階段がガルディ達の前に現れる。ガルディは迷いなく踏み入り、帝国兵もそれに続いていく。

 永遠に続くかのように錯覚する階段であったが、しばらく降りていくと淡い明かりがその先で終着点を示すかのように現れた。

 最後の一段から足を下ろすと、彼らの前には広大な石造りの空間。松明一つ無い暗闇であり、それが中央に鎮座する『それ』の存在感を更に際立てていた。


「これが……魔王様が眠る聖剣……」


 彼らの視線はすぐに『それ』へと集められる。空間の中央、石の祭壇の上に鎮座し、妖しい光を放つ神々しい装飾が施されたその剣こそ、かつて勇者アルスハイルが女神エストレリアから授かり、魔王の封印に用いられた女神の聖剣であった。

 まるで吸い寄せられるかのように祭壇へと歩み寄るガルディ。聖剣を目にしたその瞳は剣の放つ妖しい光に染められ、心奪われているようにも見える。


「……私はずっと疑問に思っていた。何故、魔王と呼ばれる存在が千年前に姿を現したのか。何故、長きに渡って世界を支配する人類が生物としての進化の兆しを見せないのか。だが、封印解放を前にし、ようやく確信を持つ事が出来た。人類は、大きな過ちを犯していた事に……!」


 声を張り上げながらガルディが聖剣の柄を力強く握り締める。すると、聖剣が放っていた妖しい光は更に強まっていった。


「ようやく、この世界は新たなる一歩を踏み出す事が出来る……場違いな劣等種による支配が終わりを迎え、もっとも相応しい上位種が頂点に立ち、世界を導く時が来たのだ……!」


 聖剣が放つ妖しい光は視界を奪う程に眩くなり、帝国兵達はその光が主の悲願が果たされる前兆であると確信し、心を躍らせる。


「さあ、今こそ我々の前に姿をお見せ下さい。世界の新たなる支配者となるべき魔王……ヴェルゼトス様!!」


 ガルディがそう言い放った瞬間、光は凝縮され彼らの頭上へと昇っていく。ついに魔王が蘇り、姿を見せる時が来たと思われたが次の瞬間、兵士達の誰も予想だにしなかった事が起こる。

 その光は赤黒く変色したかと思うと、突如として落雷のようにガルディ目掛けて勢いよく落ちてきたのだ。


「う、うわあああああああッ!?」


「陛下!?」


 突如光に襲われてしまったガルディ。同時に強烈な衝撃波が巻き起こり、帝国兵達の体は吹き飛ばされ壁に思いっきり叩きつけられてしまう。

 赤黒い光に襲われたガルディはその場で苦しみのたうち回る。光が纏わりつき、それは徐々にその身体の中へと染み込み、やがて目に見えなくなっていった。


「ガルディ陛下!ご無事ですか!?」


 主を襲った異変に帝国兵達の心中は穏やかではなかった。しかし、身体を叩きつけられた痛みによってすぐに駆け寄る事が出来ない。

 その場にいる者達が皆焦り次々とその名を呼ぶ、すると、倒れていたガルディの身体がゆっくりと起き上がっていく。


「陛下、ご無事で……がはっ!?」


 一瞬安堵した帝国兵達であったが次の瞬間、気がついた時には再び衝撃波が巻き起こり、壁に叩きつけられていた。


「い……一体……何が……?」


 突然の事に戸惑う帝国兵達。立ち上がったガルディの方へと視線を移すと、その身体には赤黒い光のオーラが彼の身を包んでいる事に気がつく。


「……力が……漲る。これは……魔王様の力……?私の中に、魔王様の力が流れ込んできたというのか……?」


 ガルディもその事に最初は驚きを隠せてはいなかったが、その口角は徐々に上がっていき、狂気に満ちた瞳で笑いを堪えずにはいられなかった。


「そうか……そういう事か……魔王様が……私にこの力を託したという事か……!」


 自らの中で一つの結論に辿り着き、喜びを隠せないガルディの笑い声が封印の間に響き渡る。

 壁に叩きつけられた痛みに呻く帝国兵達を捨て置き、ガルディは屋外へと姿を表す。そして天に向かって手をかざすと、赤黒い光が彼の掌へと集っていく。


「さあ、蘇るがいい、かつての魔王に従いし者達よ!我と共に付け上がった劣等種共に裁きを!そして、新たな世界の誕生を刮目するのだ!」


 そう言い放った瞬間、ガルディから溢れ出した力が天へと解き放たれ世界を包み込むように広がっていく。それは雨の如く光の粒となり地表に降り注ぎ始める。

 その光が地表に達した瞬間、禍々しい霧が立ち込める。そして、まるで最初からそこにいたかのように霧の中から異形の怪物が姿を現した。


「な……何だ!?この怪物は!?」


「だ、誰か!助けてくれ!」


 突如怪物が現れる謎の現象は世界各地で観測され、世界中の人々を襲い、悲しみと絶望を創り出していく。


「こ……これは……まさか!?千年前、魔王が従えていたという魔物だとでもいうのか!?」


 一人の老人がその惨状を目の当たりにし声を震わせる。その異形の姿は歴史書に記された魔王のしもべ達の特徴と一致していたのだ。


「フフフ……ハッハッハッハッハ!今こそ人類共が犯した過ちを正す時が来たのだ!さあ、出来損ないどもよ!新たなる魔王の降臨に恐れおののき、自らの生まれを呪うが良い!お前達の犠牲こそが、私の支配する新たな世界を美しく彩るのだ!」


 新たに降臨した魔王と彼が従える魔物達に人々は恐れ慄き、混乱と恐慌が世界を覆い尽くす。

 長きにわたって平穏の続いていた世界は、再び魔王によって絶望に染められてしまうのであった。


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