『俺達のグレートなキャンプ42 ストレス発散!ココナツ割り』
海山純平
第42話 皆でストレス発散ココナツ割り
俺達のグレートなキャンプ42 皆でストレス発散!ココナツ割り
真夏の太陽が容赦なく照りつけるキャンプ場で、石川は両手を空高く掲げながら雄叫びを上げていた。その声は山々にこだまし、近くにいた野鳥たちが一斉に羽ばたいて逃げていく。
「よっしゃー!今回のグレートキャンプのテーマは決まったぞ!」
石川の興奮ぶりに、キャンプ場の受付前にいた他の家族連れが振り返る。お父さんは眉をひそめ、お母さんは「また始まった」とでも言いたそうな表情を浮かべている。子供たちだけが「何だろう?」と興味深そうに石川を見つめていた。
富山が慌てたように石川の袖を引っ張る。彼女の頬は軽く紅潮し、視線は泳いでいる。明らかに周りの注目が恥ずかしくて仕方ない様子だ。
「ちょっと石川、みんな見てるから声を……お願いだから普通にして……」
「気にするな富山!俺たちのグレートキャンプに恥じることなんて何もない!堂々としてろ!」
石川はニッカリと笑って胸を張る。その自信満々な態度とは対照的に、富山の肩はどんどん縮こまっていく。一方、千葉は目をキラキラと輝かせながら石川に駆け寄ってきた。
「石川さん、今回はどんなグレートな企画なんですか?もう楽しみで楽しみで!」
千葉の瞳は期待で潤んでいる。まるで子供がクリスマスプレゼントを待つような、純粋な好奇心に満ちた表情だった。
「フフフ……千葉よ、いい質問だ!」
石川が振り返ると、まるでドラマの演出のように爽やかな風が吹いた。石川の髪がなびき、なぜか後光が差して見える。富山は「また始まった」と心の中で呟きながら、こめかみを軽く押さえた。
「今回のテーマは『ストレス発散』!みんなで思いっきり叫んで、思いっきり体を動かす!そんなキャンプだ!」
「おお!ストレス発散!」千葉が手をポンと叩く。「確かに最近仕事のストレス溜まってるんですよね!残業続きで、上司には怒られるし、後輩には舐められるし……」
富山の表情がパッと明るくなる。頬の紅潮も引いて、安堵の息を吐く。
「あら、今回は普通のキャンプなのね。ストレス発散なら森の中を散歩したり、焚き火をゆっくり眺めたり、鳥のさえずりを聞いたり……そういう穏やかな感じよね?」
富山の声は希望に満ちていた。しかし石川の口元がニヤリと歪むのを見て、彼女の心に暗雲が立ち込める。
「甘い!甘いぞ富山!」
石川がビシッと指を富山に向ける。その勢いに富山がビクッと身を竦ませる。
「そんな普通のストレス発散で満足できるか!俺たちがやるのは『ココナツ割り』だ!」
時が止まったかのような静寂が流れる。富山の顔が徐々に青ざめていき、口がパクパクと動くが声が出ない。千葉は首をかしげながらも、なぜかワクワクした表情を隠せずにいる。
「……は?」
富山の声は掠れていた。まるで悪夢から覚めたくない人のような、現実逃避したい気持ちが滲み出ている。
「ココナツ割り!スイカ割りじゃない、ココナツ割りだ!南国気分も味わえて一石二鳥!これぞグレートな発想!天才的だろ?」
石川の得意げな表情を見て、千葉が飛び跳ねる。その様子はまるで子犬のように無邪気で、石川の突拍子もない提案を疑うことなど微塵もない。
「うわー!ココナツ割り!やったことない!絶対楽しい!石川さんの発想って本当にすごいです!」
一方、富山は頭を抱えている。両手で顔を覆い、小さくため息を吐く。その姿は、長年の友人の奇行に慣れているはずなのに、毎回新しい衝撃を受けてしまう複雑な心境を物語っていた。
「ちょっと待って、ココナツってスイカより硬いのよ?普通に割れるの?というか、なんでココナツなの?」
「そこがポイントだ富山!硬いからこそストレス発散になる!思いっきり叩けるじゃないか!スイカだと簡単すぎてつまらない!」
「いや、でも危険じゃ……怪我したらどうするの?」
富山の心配そうな表情に、石川は胸を張って答える。
「心配無用!俺が全部計画済みだ!」
石川がリュックから巨大なココナツを取り出す。それは通常見かけるものの二倍はありそうな、まさに南国直送といった風格のココナツだった。表面は茶色い繊維で覆われ、いかにも硬そうで頑丈そうだ。
「じゃーん!これが今日の主役だ!どうだ、立派だろう?」
千葉が手を叩いて歓声を上げる。その興奮ぶりは、まるで宝物を発見した冒険者のようだ。
「すごい!本物のココナツだ!こんな大きいの初めて見ました!どこで買ったんですか?」
「輸入食材店を3軒ハシゴして見つけた!最初の2軒では『そんな大きいのはない』って言われて、3軒目でやっと発見!店員さんに『これで何するんですか?』って聞かれたから『ココナツ割りです』って答えたら、すごく心配された!『大丈夫ですか?』って3回も聞かれた!」
石川の嬉しそうな報告を聞いて、富山の顔がさらに青ざめる。
「そりゃ心配するわよ……常識的に考えて……」
その時、石川たちの会話を聞いていた近くの家族連れのお父さんが、興味深そうに近づいてきた。
「すみません、ココナツ割りって何ですか?スイカ割りは知ってますけど……」
石川の目がキラリと光る。新たな観客の登場に、彼のパフォーマー魂が燃え上がる。
「いい質問です!ココナツ割りは俺が今考えた革新的なストレス発散法で……」
「石川、それって今考えたって認めちゃってるじゃない……」富山が小声でツッコむが、石川は聞こえないふりをする。
キャンプサイトの設営が始まると、いつものように石川たちは他のキャンパーたちの注目の的となった。テントを張りながら、周りからヒソヒソ話が聞こえてくる。
「おい、また石川さんの団体だ」
「今度は何をやらかすんだろう」
「前回のタコ焼きバーベキューは衝撃的だったなあ」
「あの時はタコが足りなくて、ウインナーをタコ代わりにしてたっけ」
そんな期待と不安の混じった視線を浴びながら、石川は颯爽とテントを設営していく。その手際の良さは、さすがベテランキャンパーといったところだ。
「よし!千葉、例の物を出すぞ!」
「了解です!」
千葉が大きなバッグから何やら取り出し始める。木製のバット、目隠し用のタオル、応急処置用の救急箱、そして……
「うわあああ!何それ!?」
隣のテントの家族連れが驚いて声を上げる。お母さんは子供を後ろにかばい、お父さんは腰を抜かしそうになっている。
千葉が取り出したのは、まさかのチェーンソーだった。赤い本体に黒いチェーンが巻かれた、まぎれもない本物のチェーンソーだ。
「ちょっと石川!なんでチェーンソー持ってきてるのよ!」
富山が飛び上がる。その勢いで持っていたペットボトルを落としそうになり、慌てて拾い上げる。顔は真っ赤になり、額には汗がにじんでいる。
「安心しろ富山!これはココナツが硬すぎた時の最終手段だ!普通のバットで割れなかったら、これで……」
「ダメ!絶対ダメ!」
富山がチェーンソーを奪い取る。その必死さは、まるで爆弾の導火線を消そうとする爆弾処理班のようだった。
「こんなの持ち込んだら、キャンプ場から追い出されるわよ!というか、警察呼ばれるかもしれない!」
「えー、せっかく借りてきたのに」
石川がしょんぼりする。その表情は、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のように純粋で、なんとも言えない可愛らしさがあった。
千葉が首をかしげる。
「あれ?借りてきたんですか?誰に?」
「うん、近所の工務店のおじさんに『ココナツ割りに使います』って言ったら、『若い子の発想は面白いなあ』って貸してくれた!『怪我しないよう気をつけろよ』って、軍手まで貸してくれた!」
富山が頭を抱える。その姿は、もはや絶望の淵に立たされた人のようだ。
「その工務店のおじさんも、まさかキャンプ場で使うとは思ってないでしょうね……きっと庭で使うと思ってるのよ……」
「大丈夫だって!万が一の時だけだから!そもそもココナツなんて、ちょっと硬いだけでしょ?」
隣のテントから、さっきの中年男性が恐る恐る声をかけてくる。
「すみません、さっきからうるさいんですが、何をされているんですか?あの、チェーンソーとか……大丈夫ですか?」
石川がパッと振り向いて満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、まるで営業マンが新商品を売り込む時のような輝きに満ちていた。
「こんにちは!僕たち、ココナツ割りをやるんです!ストレス発散のために!」
「……ココナツ割り?」
中年男性の困惑した表情を見て、石川はさらに説明を続ける。
「そうです!硬いココナツを思いっきり叩いて割る!これまでにない新しいアクティビティです!良かったら一緒にやりませんか?」
中年男性がますます困惑する。
「いや、でも……危なくないですか?」
その時、中年男性の奥さんが興味深そうに顔を出す。彼女の目には、確かに興味の光が宿っていた。
「面白そうじゃないですか!私、最近パート先でイライラすることが多くて……上司は理不尽だし、同僚は陰口ばっかりだし……」
奥さんの愚痴が始まると、石川の目がキラリと光る。
「奥さん!ナイス判断です!そのイライラを全部ココナツにぶつけちゃいましょう!ココナツ割りは最高のストレス発散ですよ!」
石川がサムズアップすると、千葉も飛び跳ねる。
「やったー!参加者が増えた!これでもっと盛り上がりますね!石川さんの企画はいつも人を巻き込むパワーがあるなあ!」
富山が不安そうにつぶやく。
「大丈夫かしら……本当に大丈夫なのかしら……」
午後2時、いよいよ石川のココナツ割り大会が始まった。いつの間にか周りのキャンパーたちも集まってきて、ちょっとした人だかりができている。子供たちは前の方に座り、大人たちは後ろから心配そうに見守っている。
「皆さん!俺達のグレートキャンプ企画『ココナツ割り大会』へようこそ!」
石川が拡声器を持って司会を始める。その堂々とした態度は、まるで本物のイベント司会者のようだ。
「今日は日頃のストレスを、このココナツにぶつけてスッキリしましょう!ルールは簡単!目隠しをして、3回回って、そのココナツを叩く!以上!」
観客席から拍手が起こる。子供たちは手を叩いて喜んでいるが、大人たちの拍手はどこか遠慮がちだ。
「それでは早速、トップバッターは我らが新人キャンパー、千葉君だ!」
千葉が緊張した面持ちでバットを構える。手が微かに震えているのが見て取れる。
「うう、急に緊張してきました……みんな見てるし……」
「大丈夫だ千葉!君のモットーを思い出せ!『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』だろ!」
「そうですね!やってやります!」
千葉が気合いを入れ直す。深呼吸をして、肩の力を抜く。観客席から「頑張れー!」という声援が飛ぶ。
富山がタオルで千葉の目を隠しながら、心配そうにボソッとつぶやく。
「本当に割れるのかしら、このココナツ…スイカと全然違うのに…」
「よし千葉!その場で3回回って!みんなで数えるぞ!」
「いち!」
千葉がクルクルと回る。観客席も一緒に数を数える。
「にー!」
千葉の回転に合わせて、周りの子供たちも一緒に回り始める。
「さん!」
「行くぞ!せーの!」
「えいっ!」
ガッ!
バットがココナツに当たったが……音は重く、鈍い。まるで石に当たったような手応えだ。
「あれ?割れない?」
千葉が目隠しを外して首をかしげる。ココナツには小さな傷がついただけで、まったく割れる気配がない。それどころか、バットの方に小さなへこみができていた。
「えー!硬すぎるよこれ!」
観客席から声が上がる。子供たちは「えー」「うそー」と口々に言い、大人たちは苦笑いを浮かべている。
石川が慌てる。額に汗がにじみ、さっきまでの自信満々な表情が揺らいでいる。
「おかしいな?スイカと同じように割れると思ったんだけど……」
富山がため息をつく。
「だから言ったでしょ、ココナツの方が硬いって……調べもしないで……」
「じゃあ次は俺が行く!ベテランキャンパーの意地を見せてやる!」
石川がバットを奪い取る。その様子は、負けを認めたくない男の意地が滲み出ていた。
「石川さん!頑張って!僕たちの代表ですよ!」
千葉が応援する。その声援に、石川の闘志が再び燃え上がる。
石川が目隠しをして、勢いよく回転する。
「俺のグレートパワーで割ってやる!今まで積み重ねたキャンプ経験を全て込めて!」
「えいやああああ!」
ドガッ!
今度は石川の全力スイングがココナツを直撃した。その音は千葉の時よりもさらに大きく、周りの観客がビクッとする。しかし……
「あれ?やっぱり割れない……」
石川の声は明らかに動揺していた。手にはバットの振動がビリビリと残り、ココナツは相変わらずびくともしていない。
観客席がざわめき始める。
「おい、本当に割れるのかよ」
「これじゃあストレス発散どころか、ストレス溜まるぞ」
「スイカにしとけばよかったのに」
富山が冷や汗をかく。
「ちょっと石川、このままじゃまずいんじゃない?みんながっかりしてるじゃない」
石川の表情が焦りに変わる。額の汗が増え、視線が泳いでいる。
「そ、そんなはずは……」
その時、観客席の一番後ろから、野太い声が響いた。
「おーい!何やってんだー?」
振り返ると、キャンプ場の管理人のおじさんが歩いてくる。白髪の初老の男性で、日焼けした顔には温厚そうな笑みを浮かべている。
「あー、管理人さん!実は……」
石川が慌てて説明しようとするが、管理人のおじさんは手を振って制する。
「いやいや、説明はいいよ。ココナツ割りってやつでしょ?面白そうじゃないか」
「え?怒られるんじゃ……」
「怒るもんか!若い連中が楽しそうにしてるのを見るのは気持ちいいよ。ただなあ……」
管理人のおじさんがココナツに近づいて、コンコンと叩く。
「このココナツ、相当硬いぞ?普通のバットじゃ割れないかもな」
「やっぱりそうなんですか?」富山がホッとしたような、やっぱりという表情を浮かべる。
「ああ。俺も若い頃、南の島で働いてたことがあるんだが、ココナツってのはナタかナイフじゃないと割れないもんなんだ」
石川の顔が青ざめる。
「そ、そんな……じゃあチェーンソーを……」
「ダメ!」富山と管理人のおじさんが同時に叫ぶ。
「よし!最後は俺が……」
石川がチェーンソーに手を伸ばそうとした時、富山が前に出た。
「待って!私にやらせて!」
「え?富山が?」
石川と千葉が驚く。観客席もざわめき始める。富山がココナツ割りに挑戦するなんて、誰も予想していなかった。
富山がバットを握りしめる。普段の心配そうな表情とは違い、なぜか目に炎が宿っている。その変化に、石川も千葉も、そして観客席の人たちも息を呑む。
「石川、あなたはいつもこうよ!」
富山の声は、今までに聞いたことがないほど力強かった。
「突拍子もないことを思いついて、準備も不十分で、結局みんなを困らせて!私がいつもフォローしてるじゃない!」
「と、富山……?」
石川がたじろぐ。富山のこんな一面を見るのは初めてだった。
「千葉君も千葉君よ!石川の言うことなら何でもハイハイ聞いて!たまには疑問に思いなさいよ!『本当にできるんですか?』『危なくないですか?』って!」
「は、はい……」
千葉が小さくなる。富山の迫力に圧倒されていた。
富山が目隠しをして、バットを構える。その立ち姿は、まるで戦士のようだった。
「私だって日頃ストレス溜まってるのよ!仕事のストレス、石川のせいで恥ずかしい思いをするストレス、毎回毎回突飛なキャンプに付き合わされるストレス!」
観客席が静まり返る。富山の本音が次々と飛び出してくる。
「会社では『またキャンプで何かやらかしたの?』って笑われるし、近所の人には『あの変わったキャンプの人ね』って言われるし!」
富山の怒りは止まらない。
「スーパーで買い物してたら、『この前タコ焼きバーベキューやってた人よね?』って知らない人に話しかけられるし!」
石川が青ざめる。
「それに!それに!」
富山の声がさらに大きくなる。
「毎回『今度は普通のキャンプにしましょう』って言ってるのに、全然聞いてくれない!私の意見は無視!私の気持ちなんてどうでもいいのよね!」
「富山、そんなことは……」
「うるさい!今度は私の番よ!」
富山が勢いよく回転する。その姿はまさに怒れる女神のようだった。観客席の子供たちが固唾を呑んで見守る。
「全部!全部このココナツにぶつけてやる!石川のバカああああああ!」
ガッシャーン!!!
奇跡が起きた。ココナツが真っ二つに割れて、中から白い果肉と透明な液体が飛び散った。その瞬間、時が止まったような静寂が流れる。
そして次の瞬間……
「うおおおおお!割れた!富山が割った!」
石川が飛び跳ねる。その興奮ぶりは、さっきまでの落ち込みが嘘のようだ。
「富山さんすごーい!まさに奇跡です!」
千葉も歓声を上げる。
観客席から大きな拍手と歓声が沸き起こる。
「やったー!」
「すごいぞー!」
「ストレス発散成功だ!」
「女性パワーはすごいなあ!」
管理人のおじさんも手を叩いて笑っている。
「いやー、見事なもんだ!気持ちがこもってたからなあ!」
富山が目隠しを外すと、自分でも信じられないという顔をしていた。
「え?私が?本当に?」
割れたココナツを見つめる富山の表情は、驚きと達成感が混じった複雑なものだった。
「富山!君は今日のヒーローだ!」
石川が富山の肩を叩く。
「さすがベテランキャンパー!俺たちの中で一番すごいじゃないか!」
「でも私、石川のことバカって……ひどいこと言っちゃって……」
富山が慌てるが、石川はけろっとしている。
「いやいや、あれがストレス発散でしょ!思いっきり言葉に出すのも大事だよ!俺も勉強になった!」
千葉がココナツの破片を拾い上げる。
「わあ、本物のココナツの中身だ!透明な液体も出てる!これがココナツジュースですね!」
「そうそう!みんなでココナツジュースとココナツの果肉を味わおう!これも南国キャンプの醍醐味だ!」
観客席の奥さんが手を上げる。
「私もやってみたい!さっきの見てたら、なんだかスッキリしそう!」
「僕もやりたい!」子供たちからも声が上がる。
管理人のおじさんがニコニコしながら言う。
「よし、じゃあ俺が予備のココナツを持ってきてやる。倉庫にまだあったはずだ」
こうして、富山の一撃をきっかけに、ココナツ割り大会は大盛況となった。次々と参加者が現れ、中には見事に割ることができる人も現れた。失敗しても笑いが起こり、成功すると大きな拍手が沸く。キャンプ場全体が温かい雰囲気に包まれていた。
夕方になり、ココナツ割り大会も終わりに近づいた頃、石川たちは割れたココナツを使って即席のココナツカレーを作ることにした。
「石川さん、今回のキャンプも最高でした!」
千葉がココナツの果肉を齧りながら言う。
「でしょ?やっぱりグレートなキャンプは一味違うよね!まさか富山がヒーローになるとは思わなかったけど!」
石川が得意げに胸を張る。相変わらずの自信満々ぶりだが、どこか反省の色も見える。
富山がココナツジュースを飲みながら、少し恥ずかしそうに言う。
「でも私、あんなに怒鳴っちゃって……みんなの前で……」
「いやいや、富山のおかげで今回のキャンプは大成功だよ!君のストレス発散が一番すごかった!本音で語り合うのもキャンプの醍醐味だからね!」
千葉が手を叩く。
「そうですよ!富山さんのココナツ割りは伝説になりますよ!『怒りのココナツブレイカー富山』って!」
「やめてよ、そんな変な名前つけないで……」
富山が苦笑いするが、その表情には確かに満足感が滲んでいた。
その時、隣のテントの家族連れのお父さんがやってきた。手には空のコップを持っている。
「あの、すみません。うちの息子が、来年の夏休みにココナツ割りキャンプをやりたいって言ってるんですが……もしよろしければ、やり方を教えていただけませんか?それと、そのココナツジュース、少し分けてもらえませんか?」
石川の目がキラリと光る。新たなココナツ割りの弟子の誕生に、彼の伝道師魂が燃え上がる。
「おお!新たなココナツ割りの弟子ですね!喜んで教えますよ!まず大切なのは気持ちです!ストレスを込めて、思いっきり!」
富山が慌てる。
「ちょっと石川、あんまり広めないでよ……これ以上変な噂が立ったら……」
「何言ってるんだ富山!グレートなキャンプは広めてこそ価値があるんだ!ココナツ割りの輪を全国に広げるんだ!」
千葉が興奮する。
「ココナツ割りキャンプ同好会、結成ですね!僕が副会長やります!」
「そうだ!次回は『俺達のグレートなキャンプ43 ココナツ割り指導編』だ!全国のキャンパーにココナツ割りの素晴らしさを伝えるんだ!」
富山が頭を抱える。
「もう勘弁して……また変な企画が増えるじゃない……」
でも、その声のトーンは先ほどの怒りとは違い、どこか愛情のこもった呆れ方だった。そして、その顔には確かに笑顔が浮かんでいる。
管理人のおじさんが最後のココナツジュースを持ってきた。
「はい、これで全部だ。みんなで飲んで、今日の締めくくりにしよう」
石川が立ち上がって、ココナツの殻をコップ代わりに配り始める。透明で甘い香りのするココナツジュースが、南国の雰囲気を演出している。
「よし、それじゃあみんなで乾杯しよう!」
参加者全員がココナツジュースの入った殻を手に取る。子供たちは興味深そうにジュースの匂いを嗅ぎ、大人たちは微笑ましそうにその様子を見守る。
千葉が嬉しそうに提案する。
「石川さん、音頭をお願いします!」
「よし!」石川がココナツの殻を高く掲げる。「今日は最高のココナツ割りキャンプになった!富山の大活躍、千葉の初挑戦、そしてみんなの参加!これぞグレートキャンプの真骨頂だ!」
富山も、少し照れながらココナツの殻を持ち上げる。
「私も……今日は本当にスッキリしました。たまには本音を言うのもいいかもしれません」
「富山さん、今日の富山さんはカッコよかったです!」千葉が目をキラキラさせて言う。
管理人のおじさんも参加者の輪に加わる。
「いやあ、こんなに盛り上がったキャンプは久しぶりに見たよ。ココナツ割り、面白いアイデアだった」
石川が胸を張る。
「でしょう!俺の天才的発想が……」
「石川」富山が軽く肘で石川を突く。「調子に乗りすぎよ」
「はは、そうだな。でも、みんなが楽しんでくれて本当によかった」
石川の表情に、いつもの大げさなパフォーマンスではない、素直な喜びが表れる。
「それじゃあ、みんなで」
石川がココナツの殻を高く掲げると、全員が続いた。夕日に照らされて、ココナツジュースが金色に輝いている。
「ココナツ割りキャンプ、大成功!」
「かんぱーい!」
全員の声が山々にこだまする。ココナツジュースの甘い味が、今日一日の疲れと興奮を優しく包み込んでいく。
千葉がジュースを飲み終わって、満足そうにため息をつく。
「ああ、本当に美味しい。こんな贅沢なキャンプ、初めてです」
「天然のココナツジュースだからな。市販のとは全然違うだろ?」石川が得意げに説明する。
富山も一口飲んで、思わず声を上げる。
「本当に美味しい……自然の甘さね。これなら石川の突拍子もない企画も、たまには許せるかも」
「おお!富山がついに俺のグレートさを認めた!」
「調子に乗らないの。『たまには』って言ったでしょ」
そんなやり取りを見て、周りの参加者たちが温かく笑う。
隣のテントの奥さんがココナツジュースを飲みながら言う。
「私も今度、パート先でイライラしたら、ココナツを思い出すことにします。あんなに気持ちよく割れるなんて、思いもしませんでした」
「そうそう!ストレス発散には最高ですよ!」千葉が同調する。
管理人のおじさんが感慨深げにつぶやく。
「若い頃を思い出したよ。南の島で働いてた時、毎日ココナツを割ってたなあ。あの頃は生活のためだったけど、こんな風にみんなで楽しむのもいいもんだ」
石川がおじさんに近づく。
「管理人さん、今度ココナツの割り方、詳しく教えてもらえませんか?もっと効率的な方法があるなら、次回のキャンプで活かしたいんです」
「ああ、いいよ。ナタの使い方から教えてやる。ただし、安全第一だぞ?」
「もちろんです!安全なグレートキャンプがモットーですから!」
富山が小声でツッコム。
「チェーンソー持ってきといて、よく言うわ……」
でも、その表情はもう怒っていない。むしろ、楽しそうですらある。
夕日が山の向こうに沈み始め、キャンプ場に優しいオレンジ色の光が広がる。参加者たちは思い思いにココナツジュースを味わいながら、今日一日の出来事を振り返っていた。
千葉が空になったココナツの殻を眺めながら言う。
「この殻、記念に持って帰っていいですか?今日のことを忘れたくないです」
「もちろん!みんなで記念に持って帰ろう!ココナツ割りキャンプの証だ!」
石川が提案すると、参加者たちが口々に賛成する。子供たちは特に嬉しそうに殻を抱きしめている。
富山がココナツの殻を手に取りながら、しみじみと言う。
「考えてみたら、私がこんなに大きな声を出したのって、いつ以来かしら……普段は遠慮ばかりしてたけど、たまには本音を言うのも悪くないわね」
「富山さんの怒鳴り声、迫力ありましたよ!僕も見習わなきゃ」千葉が笑いながら言う。
「でも今度は、もう少し穏やかに本音を言うようにするわ。あんなに怒鳴ったの、自分でもびっくりしちゃった」
石川が富山の肩に手を置く。
「富山、今日は本当にありがとう。君がいてくれるから、俺たちのキャンプはいつも成功するんだ。たとえ途中でハラハラドキドキすることがあっても」
「そんな……私は心配してただけよ」
「その心配があるから、俺たちは安心してグレートなキャンプができるんだ。今度からはもう少し富山の意見も聞くようにするよ」
「本当に?」富山の目が少し潤む。
「本当だよ。でも、グレートさは失わないからな!」
「それは仕方ないわね……石川だもの」
三人が笑い合う姿を見て、周りの参加者たちも温かい気持ちになる。
管理人のおじさんが最後に言う。
「君たちのキャンプを見てると、キャンプの本当の楽しさを思い出すよ。道具や技術も大切だけど、一番大切なのは仲間と一緒に楽しむ気持ちだ」
「そうですね!一人じゃできないことも、みんなでやれば楽しくなる!」千葉が自分のモットーを口にする。
石川がココナツの殻を高く掲げる。
「それじゃあ最後に、もう一度!」
「俺達のグレートなキャンプ!」
「最高ー!」
全員の声が夕暮れの空に響き渡る。ココナツの甘い香りが風に乗って運ばれ、今日という特別な一日を締めくくる。
こうして、石川たちのグレートキャンプ第42弾『皆でストレス発散!ココナツ割り』は、予想外の大成功で幕を閉じた。富山の怒りの爆発、ココナツジュースでの乾杯、そして新たな仲間たちとの出会い。きっと参加者全員の心に、忘れられない思い出として刻まれたことだろう。
焚き火を囲みながら、富山がポツリとつぶやいた。
「でも正直言うと……ちょっとスッキリしたかも」
「だろ?やっぱり富山もグレートキャンプの魅力に気づいたな!」石川がニヤリと笑う。
「次回は何をするんですか?」千葉が期待に満ちた表情で聞く。
「フフフ……実は既に考えてあるんだ。次回のテーマは『マシュマロ建築』だ!」
「マシュマロで建築?」
「そう!マシュマロだけでテントを作るんだ!食べられる建築物だ!」
富山がガクッと崩れ落ちる。
「また始まった……」
でも、その声には明らかに楽しみが混じっている。ココナツジュースの余韻と共に、次なるグレートキャンプへの期待が、三人の心に静かに芽生えていた。
星が瞬き始めた夜空の下、石川たちのキャンプファイアーは温かく燃え続けている。今夜もまた、彼らの友情を深める特別な夜となりそうだった。
【完】
『俺達のグレートなキャンプ42 ストレス発散!ココナツ割り』 海山純平 @umiyama117
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