第二話 光は揺らぐ、闇に触れて
ステラという転校生がやってきてから、十香の胸にはざわつくものがあった。
「星野ステラ……彼女、何かを隠している」
直感だった。春波十香――魔法少女ゼータは、完璧な自分を演じている。成績も、家柄も、立ち振る舞いも常に模範。その分、自分の“感情”というものを、いつしか押し殺していた。
けれど、ステラと目が合った瞬間、忘れていた痛みが疼いた。
(あの瞳……誰かを見下すでもなく、哀れむでもない。ただ、すべてを知っている者の目……)
そんな彼女が、まさか“敵”だったとは。
夕暮れの校庭。空が赤く染まり始めた頃、突如、結界が発動した。
「空間が……歪んでる!?」
イプシロン――並木修が気づくのと同時に、カペラ(八乙女星)とメイサ(稲見奈草)が変身を完了する。
「出たな……レザスター」
風を巻き上げて降臨するのは、闇の魔法少女ステラ。その登場は、どこか舞台俳優のように洗練されていた。
「ごきげんよう、ゼータ、イプシロン、カペラ、メイサ。今日も、あなたたちは綺麗ね」
「ステラ……あんた、何が目的なの?」
星が問いかける。ステラは、かすかに笑った。
「目的? そんなもの、あなたたちに話してどうなるというの?」
「戦うしかないってことね。いいわ。ここで止める!」
ゼータが剣を振るい、カペラが光弾を放つ。
イプシロンが空間を解析し、メイサが後方支援に回る。
完全な連携。だが、ステラはそれを軽やかに躱す。
「焦ってるの? それとも……怯えてるのかしら」
闇が花のように咲き、紫の魔弾が降り注ぐ。
「しまった……!」
イプシロンが防壁を張るが、一瞬の遅れでゼータが吹き飛ばされる。制服が破れ、地面を転がった。
「十香!?」
「……大丈夫、こんな程度……っ」
歯を食いしばり、立ち上がる十香。その視線の先に、またあの“知っている者”の微笑みがあった。
「どうして、そんな顔をするの……ステラ」
「あなたたちは、“誰かを守る”ことしか考えていない。でも、守れなかった存在がいたら……あなたたちはその責任を取れるの?」
その問いは、言葉ではなく心に刺さった。
(責任……私は、誰かを……)
十香の脳裏に、かつての仲間――戦いの末、姿を消した少女の面影がよぎる。
「……うるさいッ!」
ゼータが剣を振り下ろす。しかしその刃が届く前に、ステラはふっと距離を取る。
「あなたが罪悪感を抱えることはない。でも……その痛みがある限り、あなたは揺らぎ続ける」
イプシロンが割って入り、光線を放つ。
「……僕たちは、正義を貫く。それだけだ」
「そう。正義って、便利よね。自分を疑わなくて済む」
冷たい皮肉。イプシロンの目がかすかに揺れる。
「修、ダメ! 今の彼女はただの戦闘員じゃない。私たちを“揺らそう”としてる……!」
メイサの警告に、カペラが叫ぶ。
「わかってる! けど、どうすれば……どうすれば、この闇に勝てるの!?」
ステラの魔力が再び膨れ上がり、闇の花弁が舞う。
「教えてあげましょうか……この世界の“嘘”を」
爆風が吹き荒れる中、ゼータはひとり、立ち尽くしていた。
その手は震えている。
(彼女は敵。でも、あの目は……本当に敵の目なの?)
戦闘が終わったとき、ステラは彼女たちを倒さなかった。
「今日はこれで失礼するわ。……少し、話しすぎたみたい」
静かに空へと消えていくその姿に、誰も攻撃を放てなかった。
戦いが終わっても、胸のざわめきは消えない。
ゼータは、拳を握りしめて呟いた。
「また……会おう、ステラ。今度こそ、真実を知るために……!」
side???
誰もが夢を信じ、星の輝きに願いを込めていたあの頃。
──あの“少女”も、確かに夢を持っていた。
闇の魔法少女・ステラ。 今やレザスターの尖兵として魔法少女たちに対峙する彼女にも、かつて名もなきひとりの少女として、日常を生きていた時代があった。
名は──記録に残っていない。あるいは、意図的に消されたのか。
十香が図書室の隅で手にした一冊の旧魔術記録。 古びた装丁に手を滑らせると、奥付に黒いインクで描かれた紋章が現れた。
「これ……レザスターの……?」
ページを捲るにつれ、明らかになる“もうひとつの魔法少女計画”。
〈Project:
「まさか、こんなものが……!」
ゼータは他の3人に記録を見せた。
「この中に、“星野ステラ”の名前が……いや、本名は書かれていないけど……」
イプシロンが低く呟く。
「座標、空間記録……彼女は“消された存在”だ」
時は少し遡る。ステラは夢を持っていた。 星を見上げ、きっとあの光に届く日が来ると信じていた。
けれど、彼女は選ばれた。
強すぎた魔力。制御不能とされた感情。そして、周囲の少女たちが一人、また一人と壊れていく中で、彼女は耐えた。耐えて、耐えて──気づけば、心のどこかを凍らせていた。
「もう夢など、見ない」
初めて変身したとき、星の煌めきが闇の結晶へと変わるのを感じた。
──その瞬間から、彼女の世界には“選ばれた”少女たちしか映らなくなった。
ゼータ、イプシロン、カペラ、メイサ。 彼女たちが表舞台に立つその陰で、選ばれなかった者たちは何を抱えたのか。
戦いの余韻が冷めた放課後。 ゼータはひとり、ステラの姿を探して街を歩いていた。
「どうして……私はあなたが気になるの……」
その時、背後に風が舞った。
「……お散歩? それとも、私を追ってきたの?」
振り返れば、そこにいた。 制服姿のステラ。
「ステラ……っ」
「十香。あなた、きっと“優しすぎる”のね」
その声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「あなたは選ばれた。でも、私には……」
「待って……! あなたの話を聞かせて……」
ステラはふっと笑って、背を向ける。
「その時が来たら、教えてあげる。すべての“記憶”が、あなたに届いたときに──」
再び彼女は闇へと姿を消した。
胸に残るのは、温かさにも似た、ひどく冷たい余韻だった。
夜、ゼータは夢を見た。 まだ幼い頃、誰かと星空を見上げていた記憶。
──夢は見ていい。
あのとき、隣にいた少女の声。
──夢を、壊さなければ。
目覚めた時、十香の目に涙が滲んでいた。
「ステラ……私は、あなたを……」
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