羽化 審判

 今思えば、人間にとっては気の遠くなるほどの長い時間を、あのヒルスという巫女と共に過ごした。


 満足に会話が出来なかった。

 あの巫女が多くの会話を望んでいた事は分かっていた。


 でもそれは出来ない。

 神の声は例え契約を結び、人を辞めた白糸の巫女でもそう長くは耐えられない。


 出来るだけ短く。

 出来るだけ簡潔に。


 いつものの喋り方だと、どうしても長くなってしまう。

 だから使い慣れないとして、短く尊大な言葉を選ばなければいけない。


 そうでもしないと、神の声で巫女が狂ってしまう。

 あまりに存在の大きさが違い過ぎる。


 最初は綺麗な白のままだった。

 かと言って期待をしていた訳では無い。


 そして予想通り、巫女の髪は次第に黒く染まっていった。

 それと同時に俺の身体も黒い模様が入り始める。


 巫女が感じる悪意。

 世界に撃ち込まれた悪意を推し量る指標。

 

 この世界の創造神との盟約が俺を縛り付けている。

 神である俺ですら、この終わりが何処にあるか全く想像がつかない。


 与えられた使命はたった一つ。


 創造神が直接手を下せない地上において、俺がその悪意の大きさで世界の罪を裁定し、その重さに応じた神罰を下す事。

 特に明確な判断基準がある訳では無い。


 俺の記憶が正しければ、はもう三度やり直しているはずだ。

 本当に懲りない生き物だ、人間ってやつは。


 俺も元は人間だったから強く言う事は出来ないが、三度も世界再生を見ていると心底呆れる他無い。



 ― 顕現せよ 顕現せよ ―


 ― 白き翼で導かん 黒き翼で断ち切らん ―


 ― 今此処に 神罰の代行者 今此処に ―



 何処から送られてきているか分からない、無機質な声が俺の目覚めを急かす。

 わかったよ。今起きる。

 さて俺の身体はどんな染まり具合だろうか。


 そしてさっき聞こえた巫女は今、どうなっているのか。

 あの屈託の無い笑顔で今も待っているのだろうか。






 繭を破る為に俺は真新しい身体の中で渦巻く神の力を解放する。

 ほんの僅かで構わない。

 あまりやり過ぎると裁定前に見渡す限りが瓦礫になってしまう。


 俺が繭から出た時、一瞬だけ無様な男たちの悲鳴が聞こえた。

 誰かが運悪く俺の顕現に間近で居合わせてしまったらしい。


 白い光が次第に視界から取り払われていき、懐かしさを感じる石作りの神殿の中の風景が飛び込んできた。


 俺は身体の感触を確かめる様に触覚から足先、腹から尻、そして小さく重なり合った翼の動きを確認する。

 周りが見れば、俺は内側から破られた繭に掴まる蚕の成虫に見えるだろう。


 そして俺は周囲を見渡した。

 あの巫女の姿は見えない。


 そこで巫女に絡み付かせていた繭糸を手繰り寄せる事にする。

 慎重に糸を前脚で巻き取っていくと、その糸の先に確かな重みを感じた。


 何かを引き摺る感触が糸から伝わってくる。


「やはり耐えられずに死んでしまったか」


 一人の人間の死に特別な感情は抱かない。

 それが例え白糸の巫女であったとしても。


 これから場合によっては、数万、数千万、数億の命を奪う事になるのだから。


 やがて目の前に現れたのは、ぼろ布を纏っているように見える血に染まった老婆。


 既に息絶えている。


 その遺骸から発せられている神気。

 間違いなく俺が選定した白糸の巫女ヒルスだった。


 枯れ枝の様な巫女の身体を壊さない様に、ゆっくりと慎重に糸を再び手繰り寄せる。

 俺は白い羽毛に覆われた前脚にそっと巫女を乗せた。


「黒に染まり切ったか」


 俺はそれを確認すると自身の身体の染まり具合を改めて確認する。

 俺の腹部と六枚の羽がまだら模様に黒く染まっていた。


 だが俺の染まり具合と巫女の染まり具合が一致しない。

 

 俺は少しばかり神力を解放し、既に死んでいる巫女の記憶を引き出した。

 死ぬ直前の記憶映像が俺の意識の中で再生される。



 ― どうかオニギリ様を白いままで ―


 ― 私の髪をどんな黒よりも黒く染め上げて頂いても構いません ―


 ― 身も心も全て黒で塗り潰して頂いても構いません ―

 


 そこには世界の為では無く、俺の為に黒をその身に飲み込んだ巫女の声が残されていた。


「……馬鹿野郎が」


 そんな中、白糸の巫女ヒルス・アルレウムの身体が白く輝き、その肉体が光の粒子となって霧散していった。

 最後に残されたのは、酷く不安げに瞬く巫女の魂。


「眠れヒルス。輪廻の輪に戻り、いつか約束された安寧の元で再び生きろ」


 俺の言葉が届いたのかは不明だが、巫女の魂は強い光を宿しながら猛烈な速度で天へと昇っていった。

 そして空の彼方に巫女の魂が消える瞬間、空をくりぬく様にして現れた黒い穴が開く。


 ヒルスの魂は夢幻の星々が輝く世界へと旅立ち、再び輪廻の輪の流れの中に飛び込むだろう。

 





 そして俺は神罰地上代行として最終審判を下す。


 ヒルスの魂に刻み込まれた悪意の歴史を紐解いていく。

 神の力で世界に問い掛け、世界の意思を確認する。


 巫女の意思、俺の意思、そして世界の意思。


 世界の命運を決める三者の意思。

 三者それぞれが裁判官であり、被告人でもある。



 ― 審判の時が来た ―


 ― 神罰地上代行 世界に対し神罰を下す 国家滅亡措置 対象3 ―


 ― 執行は即日 神力解放 ―



 俺は解放した神力で神殿と周辺の森を円形に吹き飛ばすと、身体の各所から真下に青い焔を噴出させ、その場から垂直に高度を上げていく。


 広大な森に焔の唸り声が響き渡る。


 そして俺は巫女が守った黒に染まり切っていない六枚の羽根を広げ、前後左右に動かして動作に不具合が無いかを確認する。


 そして十分に高度が取れた所で推力を水平方向に収束させ、噴焔を発生させながら目標地点へ向かって飛ぶ。


 道中、音を置き去りにする速さで空を飛翔した結果、猛烈な衝撃波が幾つかの街に轟音と共に炸裂し、壊滅的な被害をもたらした。


 これから幾つか国が吹き飛ぶ。

 それに比べれば些細な問題だろう。

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