腹が減った。神になった

イノナかノかワズ

腹が減った。神になった

 オレ様はドワーフのヴィリン。紅玉ルビーが大好物だ。


「……腹が減った」


 オレ様は今、『石王の穴倉』というダンジョンにいた。ゴーレムしかでてこないダンジョンだ。


 そしてオレ様はダンジョンで迷子になっていた。


 仲間はいない。


 仲間は少しだけ欲しいと思ったが、ドワーフが珍しいのか、顔が怖い制のなのか、一人故郷を飛び出したオレ様に誰も近寄ることはなかった。


 もちろん誰かに話しかけるのは性格的にむつかしいので、二十年くらいソロの冒険者をしている。


 そんなことはどうでもいい。


 今、一番重要なのは腹が減ったということだ。


 『石王の穴倉』は高難易度ダンジョン。しっかりと準備もしてきた。


 しかし、罠に次ぐ罠に翻弄されたオレ様は死にはしなかったものの、自分がどの階層にいるのかさえ分からなくなってしまった。


「……方向感覚もあてにならない」


 くそ葉っぱのエルフが好む惑わせの結界がそこら中に張り巡らされてるせいか、ドワーフ自慢の方向感覚すら使い物にならない。


 かれこれ2カ月ダンジョンを彷徨っていた。


「……腹が減った」


 もう何度同じ言葉をつぶやいたか。水は魔法具アーティファクトでどうにかなっているが、尽きた食料は生み出せない。


 そこらの石ころを食べて飢えをしのいではいるが、栄養もロクにないのはもちろんマズいのもあってあまり食べられていない。


 気が滅入っている。


「ゴォオオオオオオオオオ!!」

「ちっ」


 鉄ゴーレムが這い出るように地面から湧き出てきて、襲ってくる。


 その巨体に似合わず、鉄の身体を素早く動かし、拳を放つ。


「おらっ!!」


 オレ様は拳を突き合わせて両手のガントレットに魔力を通し、それから鉄ゴーレムの拳にぶつける。


 衝撃波が発生するのと同時に鉄ゴーレムの拳に亀裂が走り、砕け散った。


「……くそっ!」


 粉々になった鉄ゴーレムはさらりさらりと粒子となって消えていく。


 ああ、むかつく。本当にむかつく。


 ゴーレムは多分で良質な魔力を含んでいる。しかもここは候難易度ダンジョン。全てのゴーレムは最上級の魔力と鉱物で構成されている。


 今の鉄ゴーレムだってそこらの高級料理店でもお目に掛かれないほどの最高級の鉄だ。一口食べたら、一生忘れないほどの幸せを味わえるだろう。


 その確信がある。


 なのにだ。なのに、食えない。目の前で塵とはって消えてしまう。


 これほどもどかしいことはあるか。


 しかも、今オレ様は死ぬほど腹が減っているのだ。マズイ石ころしか食えていないのだ。


 イラつく。イライラが募る。


「どうにかして、アレを食う」


 ダンジョンのモンスターは倒せば消える。


 もちろん一般的にダンジョンのモンスターを倒すと魔石や素材などを落とすのだが、ドワーフの場合はそうではない。


 鍛神おやの加護のせいで、アイテムしか落とさないのだ。篤く敬うべき鍛神おやの寵愛が、今だけはもどかしくにくい。


 だから、ゴーレムを食うなんて不可能なのだろう。


 だが、オレ様はその不可能を可能にしなければならない。でなければ、空腹の憤懣ふんまんで憤死してしまうだろう。


「やってやろうじゃないか!! オレ様は超越のヴィレン! 一人で魔王すら倒した男だ! この程度の不可能、乗り越えて見せようぞ!!」


 オレ様の闘志は燃えていた。



 Φ



 ダンジョンのゴーレムを食べると決めてから、あらゆる研究を重ねていくつかのことが分かった。


 その中でも一番重要なのは、ゴーレムを構成する鉱石はこの世に存在する鉱石とは別物ということだ。


 例えば鉄ゴーレム。


 名前の通り、鉄でその巨躯は構成されているが、厳密にいうとそれは鉄ではない。鉄にとても似た、何かである。


 鉄の原子量は55.845であり、原始半径は126 pmピコメートルだ。中性子も陽子も電子も魔子も。その数は決まっている。


 もちろんそれは一切不純物のない鉄の話であるが、同位体はもちろん合金などの構成要素の全てはオレ様は把握している。天才だから当然だ。


 だが、天才のオレ様でもよく理解ができない。


 鉄ゴーレムの鉄には本来の鉄にない要素が一つ、紛れ込んでいるのだ。それは世界を構成する一番最小の要素であり、そして知覚するたびに性質が変わってしまうのだ。


 ガントレットに含まれている鉄の一部を取り出して詳しく調べたが、そんな要素は鉄には存在しなかった。


 いや、もっと言えば自然――ダンジョンを自然に含まなければ――には知覚するたびに性質が変わる最小の要素など存在していないということだ。


 ほかのダンジョンでは確かめたことがないから、確かなことは言えないが、おそらくこの要素はダンジョン特有のものなのだろうと考えている。


 それを裏付ける証拠を一つ見つけた。


 ダンジョン以外に存在するモンスターは倒したところで粒子になって消えることはない。


 なのにダンジョンのモンスターは消える。


 ダンジョンは神が作り上げたものであるし、そういったこともあり得るのかと疑問に思わなかったが、世界の全てはあるルールに沿って動いていると仮定するならばダンジョンのモンスターが消えるというのにもルールがあるはずだ。


 そしてそのルールはその要素――今後は迷子めいしと呼称する――に寄るものだと分かった。


 迷子めいしは魔子の振動が特定の周波数――その振動は死期の拡散と呼ばれている――になった瞬間、無限に発散して全ての要素を飲みこむのだ。


 そして崩壊する。


 つまるところ、ダンジョンのモンスターが死ぬと消えるのは全て迷子めいしのせいということだ。


 それが分かってからは、オレ様は早かった。


 100年間『石王の穴倉』にこもって、迷子めいしによる崩壊を防ぐ術を生み出した。


 特別にその手順を紹介する。


 その1。321.55 mmゴーレムと逆立ちで並走する。

 その2。12 msミリ秒間、『い』と発声し、その次に『ろはにほ』と順に24 µsマイクロ秒発声する。

 その3。3 s間、235 ℃の湯気を過不足なく全身に当てる。

 その4。16ビートに従って2週間身体を叩き続ける。


 するとダンジョンのモンスターをたおしても迷子めいしは発散せずに粒子となって崩壊することがなくなるのだ。


 そしてダンジョンのゴーレムの死体を残すことに成功し、今までの鬱憤を晴らすようにあらゆるゴーレムを食べていたのだが。


「……ヴィレン。お前は神になった」

「は?」


 突然、鍛神おやが現れ、神になったことを知った。


 迷子めいし は神だけが使える特別な要素だったらしい。


 つまりオレ様は天才過ぎるがゆえに神にしか扱えない要素を支配できる術を身に着けたわけだった。


 ……まぁ、いいや。


 今は目の前のゴーレムだ。美味しく調理しよう。

  

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