世界最後の魔法使いの時代
nogi2
出立の時まで
1,ある木漏れ日の漏れる早朝の朝
彼女が眼を覚ますと、すぐに怒りの声が飛び出した。
「この馬鹿の鹿、なにやってんのよっ!」
瞬間、バッサーと鳥が飛んでいくわ、動物が逃げていくわで大忙し。
まあ、それもすぐに収まるのだけど。当の彼女は、こういう音が救急車の音なんだろうな、と腕組みをして納得していた。彼女は聡明なのだ。
しかしながら、頭が痛いなぁ、と彼女は頭を擦る。子どもの鹿に散々突かれたのだ。ちなみに子鹿の名前は羅辺、遠い異国の宗教にハマっている。また、彼女の名前はニアメ、これは仮の名前だ。なぜ仮の名前か、それは後ほど分かる。
ニアメが寝ていたといっても、それは授業中のような居眠りではなかった。そんなものはニアメにはない。ニアメには授業はなかったからだ。彼女は秘密のプリンセス候補だ。しかし、それもまた仮のものだ。
とにかく、彼女がしていたのは、単なるちょっとしたうたた寝だった。しかし、まだまだ木漏れ日のきれいに漏れる朝だ。流石に早すぎはしないか、と鳥は気がかりだったが、安心してほしい……ただの寝不足なのだ。それも授業中の居眠りよりももっと悪い、そもそも授業なんていかない眠りなのだ。そう、これは不真面目なやつのする行いなのだ。
彼女の王国(といっても、それほど尊敬も権力もないのだが)では、人々はみな自由に生きていた。それが法と言わんばかりに。それは絶海の孤島にあるものだから、何の経済的•政治的にも重要ではない。西には大陸の半島につながる部分があるが、海峡を成しているほど近くはない。そして、それ以外の方向では何もない海洋が広がっていた。そこには海上の帝国もあるらしいが、それをわざわざ見に行った物好きは大抵帰ってはこなかった。わずかに帰ってきた者もいたが、大抵はあまりに経ちすぎた時の流れによって、明らかな嘘話を繰り広げるようになるので、誰もまともに聞く奴なんていなくなる。第一、そういうのは金にも名誉にもならなかった。行くのは哲学者とバカと魔法使いぐらいだけだった。
とにかく、島は地理的に孤立していて、一つの都市国家が築けるくらいには大きかったから、誰も争いなんてしなかった。そう彼女の読む歴史書には書かれていた。
「嘘だな」
ニアメは丸太を枕に樹々の隙間を見つめていた。丸太はビーバーが作った。ニアメが暴力で作らせた。ある日、森の主の大きな鹿に頼み込んで、その鹿に脅させて作った。褒美はない。甘いものは動物には毒だ。虫歯になったビーバーの存在価値とは……はたまた彼女は考えた。そもそも私は誰だ、そもそも私の髪はなぜ金色なのだ、そもそもなぜ私のような動物がここには一人だけなのか。そう考えているうちに、その様子を察したのか、渡り鳥がちょっかいをかけにきた。
「オイ、キチメス。お前がなーに考えているか俺は知らねぇがよぉ、『経験なき推論は幻覚だ』という諺くらいは知ってんだろうな?」
この始まりは、いつもの渡り鳥の旅エッセイを聞かされる口火の切り方、あるいは皮切りの皮を切り始めた時だ。そうして、いつもすぐに堰を切ったように話し出すのだ。この渡り鳥は数ヶ月で何千キロも飛ぶ。若い独身ならではの成せる長距離飛行だ。今回話す内容は、最近こいつの好みの砂漠の学者の話だ。こいつは経験経験いうが、もっと「体験」してはいかがなものだろうか。ニアメはそんな風に心の中で毒づいたが、それは心の中に留めておいて、風の音と共に捨てた。
「まあ、聞け聞け。俺は暇なんだよ。無駄に寿命も長いし、おちおちあっちでは休んでられないかな。狩られて宝石と交換されちまう。あるいは電気の塊に。だからよぉ、こうしてわざわざ安全圏まで来てやってんだ。この場所までは無駄になげぇからよぉ、もう俺の才能かはしらねぇが、勝手に頭の中に言葉が降ってくんのさ。だから仕方がないのさ。おりゃ、あっちじゃ、神の使い扱いだからよ、ワンチャンあるぜこれは」
「ちっちゃい国だろ? それ──しかも噂に聞けば独裁国だって話。ちっちゃいのに偉そうにして……大きいのは懐だけかってね。領土も経済力も充実させろよって話」
「まあまあ、落ち着け落ち着け。ぶっきらぼうに喋っちゃって、お前は実に本当にメスかて思うわけですよ。あとな、『経験なき理論は幻覚である』という諺がある。一国だけをくさしてもしょうがないってものさ」
そう鳥はいった。そして、落ち着き直したように「コホン」と咳をして、さぁ話し始めようとした。だが、すでに彼女は去っていた。丸太には青いカチューシャだけが残っていた。かつて流れ着いた死体のものだった。
「次ってわけだな、まったく。にしても、ちょっとは色のあるやつだ。こりゃ、俺の負けだな」
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