ある高校生の日常

保波しん

第1話 阿呆秀人

 俺の名前は木戸辺三郎きどべさぶろう。普通の人生を歩んできた、ごくごく普通の若者だ。

 今日から高校生となる俺は、変青へんせい高校の校門前に立っている。田舎とも都会とも言えない場所に位置しているこの学校に行くため、俺は近くの分譲マンションに引っ越してきた。

 俺にはこの三年間でたった一つの目標がある。それは普通の青春を謳歌することだ。変な奴と絡んで犯罪に巻き込まれるなんてことになったら溜まったもんじゃない。

 せっかく親元離れて一人暮らしで高校生活を送れるんだ。失敗はしたくない。

 よって、変人とは絶対に仲良くしない。個性程度で済む人と関わり合って、青春を送ろう。入る部活は野球以外の体育会系の部活だ。

 俺は決意を胸に強く刻みながら、そのまま歩いて行く。

 よし、あれが一年生用の下駄箱か――――。

「待て」

 なんとなく、嫌な予感がする。俺はその一言でそんな直感を覚える。

 校門を少し通り過ぎたところで、仁王立ちするメガネをかけた男が立ち塞がった。きちっとした七三わけだ。真面目な学生に思えるが、よく見ると制服が微妙に気崩されていたりと、普通じゃない片鱗を覗かせている。

「自分が何かをしたか疑問に思ってる顔だな」

 そうだよ。だから早くそれを言え。

「まぁ慌てるな。下駄箱まで共に歩もうではないか」

 結局用は何なの?

 クイッとメガネを持ち上げるメガネ。動きが妙に腹立たしいな。

 共に歩もうとか言ってるけど、下駄箱目と鼻先にあるぞ。

 周囲から注目を集めているのもあってこらえきれなくなった俺は、無視して通り過ぎることにした。のだが、後ろからついてくる。

「いやなんでついてくるんだよ!」

「共に歩むと言っただろう」

「無視しただろうが!」

「合意したのではなかったのか?」

「断じて違う! お前みたいなやつと絡んだら俺の高校生活は終わりだ!」

「まぁまぁ、良いではないか」

 よくねぇよ!

 俺はメガネから逃げ切るべく、早歩きから本格的な走行に完全移行。これでも中学時代は六秒前半だった。相当な手練れでなければ、追いつくことはできないはず。

「おい、置いて行く気か、貴様」

 しかし予想に反して、メガネは横を同じ速度で走っていた。

「うぉっ!? 何でいんの!?」

 フォームが異様に綺麗だ。腹立つ。

「共に歩むと言ったはずだ」

「もはや俺の返答どうでもいいんだなお前!」

 くそ……こいつはえぇ、おまけにこっちは意気上がってんのにお前は息一つつかねぇし。バケモンかよ。

「……なんだ、もう音を上げているのか?」

 とりあえず一回黙ろうか。

 俺は一度深呼吸をし、改めてメガネの方に向き直る。

「……下駄箱まで行くだけだからな」

「当然だ」

「ダル」

 結局、変な奴と関わることになってしまった。

 ――でもまぁ、悪いやつには見えないし、こういうのもいいのかもしれないな。

「……何故こっちの校門があるんだ。下駄箱はどっちだ? あっちが怪しいな」

 最初っから何となくそんな気はしていたが。

「ん、壁じゃないか。もしかして壁の中に下駄箱があるのか?」

 壁に向かってぐりぐりと体をめり込ませるメガネ。

 こいつ馬鹿だ。しかも方向音痴。方向音痴馬鹿だ、こいつ。

 前言撤回しようかな、こういうのもいいかのかもっての。こいつとじゃろくな高校生活にならない気がする。

「おい、案内しろ」

 お前にはあの生徒が入ってく場所が見えないのか? メガネかけてるだから見えるだろ……いや、こいつのメガネ度が入ってない。伊達メガネだ。じゃあなんでこいつメガネつけてんだ?

「なぁ、視力っていくつ?」

「中学最後の健康診断では〇.一だったな。裸眼では何も見えないからメガネをかけているが、全然何も改善されないのだ」

「どこでその眼鏡買った?

「百均」

絶対こいつそこで度の入ってないメガネ買っただろ。

なんか同情してきたわ、あまりにもひどすぎて。特に頭。

「はぁー、わかったわかった、案内してやるよ。その代わりあんまり目立つ行動はするな」

「承知した」

 驚くほど素直に返事をした男を連れて、下駄箱まで一緒に歩く。

 まぁ案内と言っても一分もかからない距離だが。こいつ本当に馬鹿だな。

 だがまぁ、暴力振るってくるとかそういうのはないし。言動が馬鹿なだけでそれ以外はまぁ普通なのか。

「おい、貴様」

「その貴様って呼び方やめろ」

「じゃあ下僕」

「なんでグレードダウンした? 木戸辺三郎だ、好きに呼んでくれ」

「ふむ……ではドベと呼ぼうではないか」

 俺が一番嫌いなあだ名来たわー。友達が気遣って使わなかったあだ名、こいつ普通に使ってきやがった。

 駄目だ、頭がくらくらする。

「……お前は?」

阿呆秀人あぼうしゅうとだ。気軽に秀人と呼びたまえ」

 先祖、大変だっただろうな。阿呆あぼうって、ほぼまんまだろ。

 こいつが今後の学校生活で誰かから下の名前で呼ばれることはない気がする。

「じゃあ阿呆あほうで」

「いいだろう」

「いいのかよ」

 思わず口に出てしまった。

 揶揄うつもりで言ったのに、普通にOKかよ。

「自己紹介もし終わった、僕と君は今から友達だ。祝福しよう、君と友達になれた今日と言う日を」

 記念日を一か月ごとに区切る彼女か。

 って、まずい。目立つ行動はするなって言ったのに。下駄箱だからか結構な人がいるから、さっきよりも注目が集まっている状態だ。

「げ、下駄箱には着いた。俺はこれで」

「待て。一緒に確認しようではないか」

 上履きに履き替えてすぐに逃げようとすると、肩に手を置かれて止められる。こいつ、結構力が強いな。

「……何を」

「決まっているだろう、クラス分けの表だ。こういうのは下駄箱から出てすぐの場所にあるだろう? 友人となったんだ、こういうのを二人で確認するのも良いものではないか」

 振り向いて聞くと、そう堂々と宣言してきた。ずっと思ってたけどこいつの話し方鼻につくな。

 面がいいのが余計に腹立つ。馬鹿じゃなかったらマジで関わってなかったな。

 ……ん? クラス分けの表?

「阿呆、知らないのか?」

 あ、名前呼ぶ度にちょっと笑いそうだ。

「何がだ」

 俺はスマホを取り出して阿呆に見せる。

「クラス分けの表は高校のWebサイトでしか見れない。今のご時世、張り紙なんて効率的じゃないからな。ほら」

「……なんだ、これは」

 阿呆は珍しく驚いている。ただ、その理由は何となく見当がついている。

「どうやって見れば良いのだ?」

「あー、スマホ貸してくれ。やってやるから」

「壊れた」

「は?」

「昔少しの間持っていたがすぐに壊れてしまった。酷使した覚えはなかったのだがな。

 そんながらくた、もう二度と使いたくはない」

 こいつマジか。

 あとそれ多分お前が出鱈目に操作してぶっ壊れただけだ。現代の技術の結晶、舐めんなよ。

 しかし、ほんとによくこいつこの頭でこの高校受かったな。

「しょうがないな、俺が見てやるよ。どれどれ……」

 俺がどこのクラスかはもうチェック済みだ。一年一組……同じクラスではないはずだから、他のクラスから見ていくか。五組……四組……三組……二組……。

まさか――――。

「同じクラスのようだな」

「……え?」

 俺は一組の名簿から阿呆を探す。

 いや、探すというほどでもなかった。上から三番目に、阿呆の名前。すぐに見つかった。

「これから一年間……三年間、いや、ずっと頼む」

 その澄んだ眼差しで俺を見るな。〇年間で頼む。

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