日向みかんは、今日もけだるい。たぶん、世界を救わない。
星空モチ
第1話 灰色とみかん 🍊
「どうでもいいっす。」
それが私の、日向(ひなた)みかんの
いつもの言葉であり、
本音だった。
🏫
朝、くぐり抜ける校門は
今日もなんだか、くすんで見える。
別に校舎の色が剥げたとかじゃなくて。
ただ、世界全体が
セピア色にでもなったみたいな、
そんな感じ。
😴
ブレザーの下のシャツは、
第一ボタンも当然外してる。
ネクタイ? 知らね。
髪は、手櫛で適当にまとめただけの
パサついたショートボブ。
茶色とも言えない、
形容しがたい地味な色。
私の外見は、まさに
「どうでもいい」を体現していた。
👁️
いつも伏せがちな目元。
クマ? 知らん。
顔色だって、青白いのか、
それとも元々そうなのか。
そんなの、
「どうでもいいっすから。」
🎒
教科書はリュックの底で眠ってる。
代わりに膨らんでいるのは、
充電器とか、
使い古したイヤホンとか、
あと、
…たまに、コンビニで買った
カットフルーツのみかんパックとか。
🍊
みかん。
日向みかん。
皮を剥く、あの指先の感触。
プチプチっと弾ける房の、
あの強烈な甘さと酸っぱさ。
口いっぱいに広がる、
あの鮮やかな「色」。
世界から色が失われていく中で、
あれだけは、
妙にクリアに感じられた。
これは後で、
ものすごく重要なことだったりする。
きっと。
🚶♀️
放課後。
駅前の商店街は、
いつもより静かで、
人々の足音も、ざわめきも、
どこか遠い。
顔を見上げると、
みんな表情が乏しい。
笑顔がない。
怒りもない。
まるで、魂を抜き取られたみたいに。
「活力」とかいうやつが、
スポンジみたいに吸い取られちゃった、
そんな感じ?
「まあ、どうでもいいっすけどね」。
そう呟いて、私はヘッドホンを耳に押し込んだ。
🎶
世界から色が消えていくなら、
せめて耳の中くらいはカラフルに、
とでも思ったのかもしれない。
別に、深い意味とかないっすけど。
🎧
流れてきたのは、
やたら明るいポップソング。
こんな曲聴く趣味じゃないんだけど、
なぜかプレイリストに入ってた。
その時だった。
目の前のビルに、
影みたいなものがヌルっと張り付いた。
それは黒くて、
輪郭が定まらない、
粘液みたいな塊だった。
ゾワリ、と。
鳥肌が立った。
「どうでもいい」はずの感情が、
初めて、微かに揺れた。
「ダスク」だ。
ニュースで見た。
街の活力を吸い取る、
「絶望」の塊。
😨
ダスクは、張り付いたビルから
ゆっくりと剥がれ落ち、
地面に着くと、
ドロリと形を変え始めた。
人間…?
いや、違う。
人型だけど、
表面はドロドロとしていて、
目が無数に、
ランダムに浮かんでいる。
🤢
そして、あの虚無感。
ダスクから放たれる気配は、
街全体のけだるさとは違う、
もっと深くて、
ドロリとした「絶望」そのものだった。
思わず後ずさった、その時。
ポケットに入れていた、
さっき食べたみかんの皮が
熱を持ったように感じた。
🔥
ドクン、ドクン。
心臓が、
どうでもいいはずの心臓が、
やたらうるさく脈打ち始めた。
そして、
脳裏にあの残像がよぎる。
眩しい、オレンジ色。
🍊✨
「…え?」
体が、勝手に、
光に包まれ始めた。
けだるい制服も、
パサついた髪も、
青白い顔色も、
全てが、
弾けるような
眩いオレンジ色に
染まっていく。
まるで、
太陽を、
そのまま体内に取り込んだかのような。
🌞
視界が、
初めて、
鮮やかに、
「色」を取り戻す。
それは、
みかん色。
立ち込めるのは、
甘く、
爽やかな、
あの香り。
私…?
鏡なんてないけど、
分かった。
私、今、
とんでもない格好に
変身したんスよ。
✨
「…は?」
思わず、
いつもの語尾が漏れた。
体のどこもかしこも、
軽くて、
力が漲ってる。
けだるさなんて、
どこにも、ない。
🍊スーツ?
なんだこれ。
腕には、みかんの皮みたいな
質感のプロテクター。
胸元には、
房の形をした、
キラキラ光るブローチ?
背中には、
みかんの葉っぱみたいな装飾まで
生えてるし。
🍃
なんだか…
「どうでもいい」とは、
真逆の、
やたらハジけた外見。
私は、
みかん色の変身ヒロインになっていた。
目の前には、
絶望を撒き散らすダスク。
私の体は、
戦闘態勢に入っている。
「…だるい、なんて言ってられないっすね」。
小さく呟き、
私は、
初めて、
自分自身の意思で、
前に、
一歩、踏み出した。
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