幼なじみは高嶺の花だが、ラブコメディーには手が届く
雨夜いくら
一章 「芽吹くもの」
第1話
「いってらっしゃい、帰りにお買い物お願いね」
「分かった。じゃあ行ってきます」
キッチンの奥から聞こえる母の声に挨拶を返し、憂鬱な気持ちを抑えながら家を出る、そんな朝。
玄関を開けると、目の前に天使がいた。
いや、正確には色白美白な美少女だった。
雪のように真っ白な髪は肩にかからない程度に切り揃えられており、身長は164センチと運動部でもない女子高生にしては高い。
小顔だが目は大きく少しつり目、鼻と口は小さめで典型的な猫顔、というやつだ。
足が長く、細身ながらに出るところは出ており、女性的な体の曲線が美しい。
端的に言うとスタイルが良い、言うまでも無いが顔も良い。
宝石のような翡翠色の瞳に俺を映すと、少女は大きな瞳を細めて柔らかく微笑んだ。
「おはよ、あおくん」
「……おはよう」
家の前を偶然通りかかった彼女の名前は
彼女を一言で表すならば「才色兼備」だろうか。
きっとそれ以外の言葉なんて必要がないくらい、彼女には相応しい言葉だろう。
テレビで見るどんなアイドルやモデル、女優にも優るであろう圧倒的なルックス。
明るく、礼儀正しく、気遣い屋で愛嬌もある性格は、異性も同性も関係なく万人を虜にしている。
俺、
風の噂によると、彼女を追って同じ高校を受験した者も少なくないそうだ。
そんな地元民からの人気者っぷりも相まって、俺にとっては幼なじみでありながら絶対に手の届かない高嶺の花である。
こんな幼なじみが居ると、よくからかわれたり羨ましがられたり嫉妬されたりする。
それはもう、盛大に。
どれも香織が自ら介入することで事なきを得ているが、そうすると香織……ではなく結局俺にヘイトが溜まっていく。
そうなると、終いには虐められたりもする。
勿論、香織にはバレないように。
高校に入ってからは幸い、一年生の時に同じクラスでは無かった上に、滅多に学校で顔を合わせる事が無かったので、目立つ事態にはならなかった。
だがしかし、進級して今年は同じクラスになってしまった。
あまり近付かない様にしていたのだが、現在彼女は視線だけで「一緒に行こう?」と言ってくる。
確かに、この状況では一緒に行かない方が寧ろ不自然だが……。
自分よりも少しだけ歩幅のせまい香織に合わせて、肩を並べて隣を歩く。
「久しぶりだね、こうやって一緒に登校するの」
「……そうだっけ」
なんて、とぼけてはみたが俺は今までわざと香織が家を出る時間からずらして登校していた。
俺が家を出てから学校に着くまで徒歩で二十分弱。
香織の家はかなり近所だが、うちよりも少しだけ遠くて彼女自身も俺より歩く速度がわずかに遅く二十分強。
朝のホームルームが8時30分開始。
真面目な彼女は8時過ぎには教室に居たいタイプなので、俺はホームルーム開始の5分前程に自分の教室に着く様に家を出れば、まず通学路で香織と遭遇する事は無い。
入学式のあとも、しばらくはそうしていたのだが今日は事情があって早めに家を出た。
そして、この有様だ。
仲の良い幼なじみだと思ってくれている香織には申し訳ないが、小中学校であった虐めが割としっかりトラウマになっている俺にとって、言葉を選ばずにハッキリ言うと彼女は疫病神である。
一緒に登校しようものならば、俺はクラスメイト達に何を言われるか分かった物ではない。
なにやら最近学校であったらしい話題をご機嫌な様子で話している香織に対して「あぁ、そうなんだ」とか「へえ」とか酷く適当な相槌で聞き流す、
内心では、このままだと平穏な高校生活終わったな、とどうにか出来ないか考えていた。
しばらく通学路を歩くと、学校に近付くにつれて同じ制服を来ている生徒が増えていく。
すると、それに伴ってこちらに向けられる視線が増え、俺の心拍数も上がっていく。
そんな俺の心配をよそに、不意に香織が「あっ」と声を漏らして、すぐに駆け出した。
「かなっ、おはよ〜!」
香織が声を上げると、前を歩いていた女子高生が振り向いた。それと同時に香織に抱き着かれても、その少女は柔らかな笑顔で抱き留めた。
「おはよ、香織。相変わらず朝から元気だね」
そう言って香織の頭を撫でるのは
女性的な特徴がよく目立つ香織の体型と比べると、スポーツマン的なモデル体型。
上半身はスラッとしているが、スカートから覗く太ももは肉付きが良く健康的。
セミロングの黒髪は高い位置で結われたポニーテール、少しクセのある髪質でふわりと柔らかく春風になびいている。
顔立ちはよく整っており、切れ長のつり目、鼻筋が通っておりクールな印象を受けるきつね顔。
「ね、昨日帰った後に──」
「はいはい、ちょっと髪乱れてるから大人しくしてよ」
同級生と言うには、どこか姉妹のようにも見えるやり取りをする二人。その様子に物珍しさを感じながら、俺は歩く速度を変えることなく横を通り過ぎた。
一瞬だけ霧月と目が合ったが、彼女は気に留める事なく香織とのやり取りを続けた。
二人ともに横を通り過ぎた俺を気にした様子が無いことにホッとしつつ、その後少し歩いたら高校に辿り着いた。
不自然さもなく香織と離れて一人になれた事に安堵し、内心で霧月に感謝しつつ校門をくぐった。
昇降口で靴を履き替えて、すぐに職員室へと向かう。
日直である事とは別に早めに来いと担任に呼び出しを受けており、恐らく四十代くらいであろう小太りのお局様である二年二組の担任教師の元へ、一体何事かと戦々恐々とした気持ちで足を運んだ。
「ああ来た来た。氷村君これ」
担任である
「えっ、これは……?」
「その子、飛行機が遅れて始業式に間に合わなかった転入生ね。あなた今日の日直でしょ? 一階奥の会議室に居るから、朝の内に学校案内して教室での説明もお願いね。今は教頭先生が対応してくれてるから。以上、よろしくね」
無茶振りでは? と思うのは俺が陰キャ気味の性格をしているからだろうか。
いいやきっと、誰もが無茶振りだと思うに違いない。
何処の誰が朝一番に初対面の帰国子女の学校案内を完璧にこなせるというのだろうか。
俺は職員室から出て、盛大にため息を吐いてから会議室に向かった。
すると、丁度教頭先生と、見慣れない制服を着た女子生徒が会議室から出て来た。
丁寧に手入れされているのだろう、輝いて見える教頭先生のスキンヘッドには一切目もくれず、俺は女子生徒の方を見て自分の顔が引き攣るのを感じた。
「お、氷村か、この子が転入生だ」
教頭先生がそう言うと、隣の女子生徒は一歩前に出て丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、
違和感を一切感じない流暢な日本語。どうやら言葉で不便することはなさそうだ。
制服として白いブレザーを着用している他の生徒とは違って、ワイシャツの上には少し目立つクリーム色のニットセーターを着用している。
事情は分からないが、まだ制服を準備できていないらしい。
「……どうも、学校案内を任された氷村葵です。どうぞよろしく」
「はい、よろしくお願い致しますね」
「よし。んじゃ、あとは頼んだ」
教頭先生はそう言って職員室へ戻った。
俺に対して向けられるその信頼は一体どこから生えて来たのだろう。
この際だから、取り敢えずそれだけでも教えて欲しかった。
俺は一旦深呼吸をして、改めて目の前の金髪美少女に向き合う。
「えっと、宮島さん、で良いかな」
「もっとフレンドリーに、サンドラと呼んで頂いて構いませんよ? 葵さん」
長い天然のプラチナブロンドはハーフアップに整えられている。
ミドルネームの入った名前からも分かる通りのミックスらしく、彫りの深いシャープな顔立ちをしているキッチリした印象の美少女。
ただ、その美しい容姿よりも一つ気になるのは、ワイシャツのボタンとニットをはち切れそうなほどに押し上げられている胸元だ。
言葉を選ばずに言うと、めっちゃ巨乳。
お辞儀から頭を上げただけで揺れたのが気になって仕方がない。
流石に
「一旦、宮島さんで」
「……そうですか」
「えっ……と、流石に第二校舎までは回れないだろうから、そっちは昼休みにでもクラスメイトと見に行くといいよ。取り敢えず朝の時間は第一校舎を見て回る感じで良い?」
「はい、おまかせします」
とのことなのでそれから俺は宮島を連れて、一年から三年教室、後は体育館への通路なんかがある第一校舎を軽い説明を交えながら一通り見て回った。
最後に三階にある二年二組教室の前に来て、周囲からの視線を浴びながらも俺は立ち止まった。
「お疲れ様、ここが俺たちのクラス」
「はい、こちらこそお疲れ様でした。丁寧に案内していただいてありがとうございます」
「ん。今日は午前中に移動教室は無いから、不便はしないと思う。午後は六時間目に科学実験室に行くから、その時は他の生徒と一緒に行くと良い。皆、歓迎してくれるだろうから」
そう話しながら教室に足を踏み入れた。
すると、当然ながら一様にクラスメイトたちから視線を浴びることになる。
そこでふと、俺は言っておくべき事を思い付いた。
「あとそう、どうしても困ったっていう状況があったら、あの白髪の子、七海香織って生徒に頼ると良いよ。すごく頼りになるだろうから」
「えっ、私? なにかあった?」
香織が自分を指差して首を傾げる。
その姿を見て、隣にいた霧月が俺に疑問を投げかけてきた。
「氷村君、その子は?」
「後ろにずっと空いてた席あっただろ、そこに入る転入生。飛行機が遅れて式に間に合わなかったんだってさ」
それだけ説明して、俺はソフトタッチで背を押して、宮島に教室に入るよう促した。
「ご紹介に預かりました。私このクラスで一年間お世話になります、宮島・アレクサンドラ・智と申します。見ての通りまだ皆さんと同じ制服が届いてないのでこの場にそぐわない姿ではありますが、気兼ねなく接して頂けると有り難く思います」
隣に立ってるだけの俺の背筋が伸びそうな程に堅苦しい丁寧な挨拶。クラスメイト達は身じろぎ一つ取れない中、一人だけ軽快な足音を立てた。
「智ちゃんか、私は七海香織、これからよろしくね」
そう言って香織は宮島の両手を取り、柔らかく微笑みを浮かべた。
「はい、よろしくお願いします、香織さん」
人はきっと、こういう奴をコミュニケーション強者と呼ぶのだろう。
二人のやりとりをキッカケに、教室内は一層騒がしくなった。
☆あとがき──────────────────
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