【100万PV感謝】風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

第1話 開放感

 ロッカールームの中、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着を脱ぎ──ついに、何も着ていない姿になる。


 学校の制服を畳んでロッカーにしまい、親指で電子ロックを操作した。念のため、扉が開かないか確認してから、ロッカールームを出る。


 手でそっと股間を覆いながら、冷たい床を踏みしめて歩く。足音だけが、ペタペタ、と響いた。


 これで10回目のダンジョン探索だが、全裸でゲートに向かうこの行程だけは、まったく慣れない。


 というか、慣れたくない。



 何で全裸かって?



 決まってる。ダンジョンには地球産の物質を持ち込めないからだ。




 金属はもちろん、綿やポリエステル、眼鏡、歯の詰め物に至るまで──地球で作られたものは、全部ダンジョンの入り口に阻まれる。


 だから、最初は素っ裸でダンジョンに入るしかない。


 地球の文明は、そこでは無力だ。


 せめて装備くらいは欲しい。でも、ダンジョン内で手に入る防具や衣服はどれも高価で、自分の財布事情ではまだ買えない。



 だから、こうして全裸でダンジョンに入ることになる。


──正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。



 ゲートを抜けて、ダンジョン側の施設に入ると、目の前に受付カウンターがある。


 美人なお姉さんはいない。髭面の無愛想なおじさんが一人、無言でこちらを見てくる。



「3257。“ミョウガ大嫌い”」



「……確認。伊吹勇也いぶきゆうや、はい、これ」



 ぶっきらぼうにそう言って、ギルドカードと、茶色いローブ、そして木製の棍棒を渡される。



 冒険者ギルドが貸し出している“レンタル装備”だ。肩に穴を通して前後を覆うだけの、簡易なローブ。言ってしまえば貫頭衣。



 あとは木を削っただけの無骨な棍棒。



 服の中には使い捨ての紙トランクスも入っていた。もちろん、これらはすべてダンジョン内で生産された純正の装備品。


 ここを出る時には、使い捨ての下着以外は返却しなくてはならない。



 さっそくそれらを身につける。ようやく「全裸」から脱出できた。



 ……とはいえ、この紙トランクスがまたゴワゴワして肌に刺さる。毎回、穿くたびに「もう下着なしでいいかな」とさえ思う。このセットで500円はぼったくりすぎだ。



 さあ、今日も稼ぎに行こう。



◻︎◻︎◻︎



 ダンジョン地下一階の奥、そこは森のようなエリアになっている。


 天井の代わりに仄かに光る発光苔、地面には湿った苔と根を張った草木、そして所々に生えている奇妙な木々。



 ダンジョン内に足を踏み入れるたび、ほんの少しだけ安心する。



 ここには誰の視線もない。誰に気を遣うこともなく、自分の力で物を得て、生きていける。


……まあ、ただの自己満足なんだけど。



 いた。ダンジョンネズミだ。


 ネズミといっても、でかい。胴体が丸太くらいはある。


 一呼吸してから、風魔法を使った。


「ふっ」


 ネズミの後ろ側、茂みの草を風で揺らす。ガサッと音が鳴ると、ネズミがそちらに一瞬だけ気を取られた。



──今だ。



 レンタル品の棍棒を握りしめ、ネズミの頭めがけて振り下ろす。



ゴチンッ!



 鈍い音と共に、ネズミが動かなくなった。


「よし!」



 近くに落ちていた尖った石を拾い、ネズミの腹を割いて魔石を取り出す。これで一匹あたり、約500円。



………………。


…………。


…。



 今日の狩りは好調だった。計7匹倒して、3500円。



 でも、ダンジョン産の装備一式を買おうと思ったら──特に、まともなパンツ一枚で20万円近くするから、まだまだ先は長い。



「はぁ……パンツだけでも早くほしいなぁ……」


 ため息をつきながら、魔石をポケットに詰め込んだ。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

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