森の奥の白いキャンバス
sui
森の奥の白いキャンバス
リリはもう、絵を描かないと決めていました。
どれだけ描いても「上手だね」の一言で終わる。
本当は、自分の絵で誰かの心を動かしたかったのに――それができないと知って、リリは筆を捨てました。
ある日、彼女は気まぐれに森の奥へと足を踏み入れました。
誰も知らない静かな場所へ行きたくて。
奥へ奥へと進んでいくと、空気が少しだけ光を帯びて、木々の間にぽっかりと空間が開けていました。
そこに立っていたのは、一枚の真っ白なキャンバス。
風もなく、誰の気配もない森の中で、それだけがぽつんと、まるでリリを待っていたように立っていたのです。
近づいてみると、キャンバスには何の道具もないのに、不思議と手が動きました。
指先から色があふれ出して、線が自然に流れ出していきます。
何を描いているのかわからない。けれど、不思議なほど心が静かでした。
そして完成したとき――
キャンバスの中から、一匹の蝶がふわりと浮かび上がりました。
それは絵ではなく、本物の蝶。リリが描いた命でした。
蝶は空に舞い上がり、森を照らす光になって消えました。
そのとき、リリの胸に静かな確信が生まれました。
「ああ、描くって、心の中にある命を、そっと外に出してあげることなんだ」
絵のうまさなんて関係ない。
誰かのためでもなく、誰にも届かなくても、描いていいんだ。
リリは森を出ると、久しぶりに絵筆を持ちました。
そして、あの白いキャンバスのように、何もないところから、また色を広げ始めたのです。
森の奥の白いキャンバス sui @uni003
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