第4話 遅刻
日が暮れ始める頃、空が橙色から藍色のグラデーションに包まれた頃に、目を覚ました。どれくらい寝ていたのだろう。頭が痛い。外からカラスの鳴く声が聞こえてきた。カラスの鳴き声、家の前をたまに通り過ぎる車の音、それと自分の呼吸の音だけが、その場に響いている。
「……」
起きても、することが無い。
そのまま、また目を瞑り、眠りに入った。
***
次の日。
二度寝をかまして、そのまま見事に寝坊した僕は、二時間目と三時間目の間の休み時間に着くように、家を出た。
自分の通っている高校は、家から自転車で一時間ほどかかる場所にある。最寄り駅から徒歩二分ほどで着く場所だが、自分の家がそもそもあまり交通の便の良い場所にあるわけじゃないので、自転車でも電車でも、さほどかかる時間は変わらない。だから僕は普段から自転車で通っている。
それにしても、平日の昼間というのは、どうしてこんなに不思議な気分になるのだろう。休日の昼間と大して変わりないはずなのに、普段よりも少しセンチな気持ちに浸ってしまう。学校をサボっている背徳感が、自分の感性を助長しているのだろうか。……そう思うと、背徳感、なんて言葉が生まれてしまうほど、この感情が広く人間に共有されているとは、人間というのは罪深い生き物だな、なんてと思ったりもした。罪を犯すことによる快楽なんてものがあるから、人は罪を犯すのだろう。加えて考えれば、法律だの、地獄だの、何か罰を受けるからこそ、その背徳感も増すわけで、背徳感を得てはならないということを遠回しに言っている物事が、まわりまわって背徳感を得る欲求をより強めているというのは、なかなかに興味深いものである。
「……」
まあ、ここまで全て大した話ではない。
自分の中でいろいろ好き勝手、独白したは良いものの、話をどこに帰着させようか、自分でも曖昧だ。だから、こういう時は決まって、次の話に移すことにしている。
ちょうど、学校に着いた。
すでに閉まって、施錠されている正門は無視して、裏門へと向かう。裏門の守衛さんに挨拶をして、遅刻者名簿に自分の名前を記入してから、自転車をとめに駐車場に向かった。
遅刻者名簿には、自分の名前の他にも、既に何名かの名前が書かれていた。不思議なのが、みんな遅刻理由が大抵『体調不良』なことだ。どの人が本当で、どの人が仮病なのだろう。
校舎を挟んで向こう側、校庭のほうから多少騒ぎ声が聞こえてくるだけで、この周囲一帯はやはり静かだった。普段、学校の前は車の通りが少ないし、今はまだ授業中なので生徒もいない。風が吹くと、木々が揺れて、木の葉が擦れあう音が多少聞こえる程度だった。まだ、自分の心音は聞こえる。心拍が少し速くなっている。……不快な速さだ。
下駄箱で靴を履き替え、異様に静かなホールを抜けて、奥の寂れた階段を上る。ホールにある一番大きな階段を上ってもいいが、教室までの道中でほかのいろんな教室の前を通る羽目になる。自分は何をするのもされるのも、あまり好き嫌いは無いが、珍しく、注目されることは嫌だった。嫌というか不快だ。普段からいないような人間を、こんな時だけいるもののように扱うことに嫌悪を覚える。
……嫌悪、といってもどうしようもないことであることは重々承知している。あちらもきっと、僕に大した興味を抱いているわけじゃない。いたから見る。ただ、それだけだろう。
だから、せめて自分が嫌な思いをして、一人勝手に感情的にならないように、こうして日ごろからリスク回避に努めているのだ。避けれる脅威は避ける。人生だけじゃない、あらゆる物事において、その矜持は持っていて損はないものだと思っている。
なるべくゆっくり階段を上っていたので、無事に二時間目が終わる前に教室に着くことは避けることができた。中から何名か教室から出るのを遠目に見てから、教室の後ろ扉からひっそりと教室に入る。
誰も、教室に入ってくる僕の存在に気付く者はいなかった。
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