辺境のギルド職員、名門学園のインチキ教師となる〜最終的に逃亡して旅に出た俺は、無能でもそれなりの素振りをしてみた。だけど、次はなぜか英雄扱いされてしまった件〜
咲月ねむと
1章 勘違い講師、学園に立つ
第1話 その人選は、絶対に間違っている
「はぁ……」
王国で最も辺境と名高いド田舎町、ホルツの冒険者ギルド。
その受付カウンターの奥、書類の山に埋もれた事務室で俺、カイ・シルフォードは本日七度目のため息をついた。
目の前には、ゴブリン討伐依頼の報告書。
羊皮紙に殴り書きされた、
「ゴブリン5匹倒した!」
「リーダーっぽいやつも倒した!」
「報酬よこせ!」
という、お世辞にも丁寧とは言えない文字列。
これを清書し、討伐証明書を発行し、経理に回す。それが俺の仕事だ。
カイ・シルフォード、25歳。
しがない辺境のギルド職員。
特別な戦闘スキルも、魔法の才能もない。
ただ、このギルドに勤めて7年。日々の業務で得たモンスターの生態や弱点、薬草の相場、ダンジョンのトラップのありがちなパターンといった地味な知識だけが取り柄のごくごく平凡な男である。
「カイくーん、この前のオークの牙、買い叩かれすぎじゃない? もうちょっと色つけてよー」
「無理です。あれは牙の根元が欠けてましたし、そもそもホルツ周辺のオークは市場価値が低いんです。王都に運ぶ輸送費を考えたら、あれが限界です」
「ちぇー、ケチ」
カウンターの向こうから軽口を叩いてくるのは、C級パーティ『赤き流星』のリーダー、ジンだ。筋肉こそたくましいが、頭の中まで筋肉でできているような男である。
「ケチと言われても、ギルドの運営もかかってるんで。それより、前回の依頼で使ったポーション代、まだ未納ですよね? 次の依頼を受ける前に清算してください」
「うっ……そ、それは今度な!」
そそくさと逃げていくジンの背中を見送り、俺は再び深いため息をつく。
毎日がこの繰り返しだ。
代わり映えのない退屈で、平和な毎日。それがいつまでも続くと思っていた。
――そう、あの忌々しい一通の手紙が届くまでは。
「カイ! おい、カイ! いるか!」
ギルドの扉が壊れんばかりの勢いで開き、息を切らしたギルドマスターのゴードンさんが事務室に転がり込んできた。
恰幅のいいドワーフである彼の顔は真っ赤に上気し、自慢の髭が興奮でわなわなと震えている。
「ギルドマスター、どうしたんですか。そんなに慌てて」
「は、はぁ……これを見ろ!」
ゴードンさんが叩きつけるように差し出したのは、一通の封蝋付きの書状だった。
蝋に押された紋章は、見間違えようもない。
王国で最も権威ある教育機関――王立アストリア学園の紋章だ。
「王立アストレイア学園? なんでまた、こんな辺境のギルドに……」
「いいから、読め!」
促されるままに封を切り、羊皮紙に綴られた流麗な文字に目を通す。
そして、俺は自分の目を疑った。
「……は?」
そこに書かれていたのは、信じがたい内容だった。
『カイ・シルフォード殿を、王立アストレイア学園の特別講師として
………。
………は?
誰だ、カイ・シルフォードって。
同姓同名のすごい奴が、このホルツの町にいたのか? いや、いない。この町でカイ・シルフォードと言えば、俺以外には存在しない。
「ぎ、ギルドマスター。これ、絶対に人選ミスです。何かの間違いですよ」
「間違いなものか! カイ・シルフォード、ホルツギルド所属、ちゃんと書いてある!」
「いやいやいや! 無理ですって! 俺、ただの事務職員ですよ!? 誰かに剣を教えたことも、魔法を指導したこともありません! 俺が教えられることなんて報告書の書き方とか、経費の精算の仕方くらいです!」
俺の悲痛な叫びも、興奮したゴードンさんの耳には届かないらしい。
彼は俺の肩をバシン! と力強く叩いた。痛い。ドワーフの腕力は加減を知らないのだ。
「カイ! お前はいつも
「いえ、ですから俺は……」
「C級パーティが苦戦していたワイバーンの弱点が『喉元の
「それは、古い文献にそう書いてあっただけで……」
「薬草の組み合わせを少し変えるだけで、上級ポーションに匹敵する回復薬を開発したのは誰だ!?」
「あれは分量を間違えただけの偶然の産物です!」
「ダンジョンの罠の解除方法を、遠征帰りのボロボロのA級パーティに指示したのは誰だ!?」
「あの手の古代遺跡のトラップは、大体同じ構造なんですよ! セオリー通りにやれば誰でも……」
「それだ!!」
ゴードンさんが、ビシッと俺を指差した。
「お前にとっては『セオリー』かもしれん! だが、その他大勢にとっては、それは『秘技』であり『叡智』なのだ! 王立学園は、ついにその価値に気づいたのだ! お前の類い稀なる指導者としての才能に!」
違う、違う、絶対に違う!
これは完全に、何かの情報がねじれて伝わった結果だ。俺がただのギルド職員として当たり前の業務をこなしていたら、伝言ゲームの果てに「辺境に『賢者』あり」みたいな、とんでもない勘違いをされているに違いない。
「ギルドマスター! お願いです! 俺には無理です! 辞退させてください!」
「馬鹿者! これはホルツギルド全体の誉れなのだぞ! 辺境から、王立学園の講師が誕生したとなれば、このギルドの格も上がる! 国からの補助金だって増えるかもしれん!」
「そんなもののために、俺を地獄に送る気ですか!?」
時すでに遅し。
ゴードンさんが扉を開けて叫ぶと、カウンターにいた冒険者たちが「おおー!」と歓声を上げた。
「カイが、王立学園の先生に!?」
「すげえじゃねえか! さすがカイさんだ!」
「俺たちがカイさんから教わった『モンスターの効率的な狩り方』は、学園でも通用するってことか!」
違う、あれは「なるべく傷つけずに素材を剥ぎ取って、高く売るための方法」を教えただけ。
噂はあっという間に町中に広まった。
パン屋のおばちゃんは「お祝いに」と焼きたてのパンを大量にくれ、鍛冶屋の親父は「餞別だ」と切れ味の悪いダガーを押し付けてきた。
誰も彼もが、俺の「栄転」を疑っていない。
もう、後には引けないわけだ。
外堀は完全に埋められ、俺は王都行きの馬車に押し込まれた。
「カイ先生! ご武運を!」
「辺境の星だ!」
町の皆のキラキラした期待の眼差しが痛い。
俺は、これから王都のエリートたちを相手に一体何を教えればいいんだ?
いや、大丈夫だ。きっとすぐにバレる。俺がただの口先だけのインチキ指導者だってことは。そうなれば即クビになって、この平和なホルツの町に帰ってこられるはずだ。
「そうと決まれば、気は楽なもんだ」
俺は無理やり自分にそう言い聞かせ、馬車に揺られながら、これから始まるであろう短い悪夢に備えるのだった。
―――
久しぶりの異世界ファンタジー!!
初の試みで書いてみた俗に言う「勘違い系」の作品になりますが、絶対に面白いこと間違いなしの作品です! 完結保証します!
「絶品ダンジョン飯」と両立して投稿していきますが、ぜひとも応援よろしくお願いします!
では、恒例の一言を言ってみよう!!
作品のフォロー、★の評価・レビュー
感想など、何卒よろしくお願いします。
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