繭のすべてを知りたかった
海来 宙
一. 路線バスの恋
「じゃあ、彗星じゃなくて流れ星を何回見たら死ぬと思う?」
僕が
いや、その制服をかわいいとは前から思ってたよ。でも繭は清楚を通り越して不思議な透明感を持ち、制服以上に輝きを放っていた。ただ今の会話でわかる通り、生きる力を奪われた女の子でもある。
「おうっ、たかまさ。そっち行ぐから俺の場所空けろよ」
ややなまった声は僕のクラスメートの
頭の中が繭繭繭だった僕は、そんな彼のせいでよけいなことを思い浮かべた。僕の名前は流星ならぬ「
ああ、いっそ繭に「流星」って言ってほしかったな。
「教室では前後の席なんだから、混んでるバスの中までそばにいることないんだけど」
僕は今後ろに座る繭を心配したいのに、龍樹がいたらそうもいかない。あ。彼を逆に音読みで「りゅうじゅ」と呼ぶのはどうだろう、ほらほら彼女のことを考えられなくなってる。ちなみに彼は小学一年生からの親友である。
「まったぐよ、たかまさには俺の愛を感じてもらえねえのか……」
「龍樹には女の子の恋人がいるはずだけどね」
二人それぞれにため息をついたとき、繭の声がもう一度聞こえてきた。
「ごめん――、いつも暗いことばっか。誕生日なのに」
どきんんっ、誕生日?
でも隣の友達のでは?とときめく心臓をなだめていたら、
「繭の誕生日なんだから繭がどうしようと勝手でしょ。ただ……、まだ明日だよ?」
うおおおおっ、明日が繭の誕生日なのか! 彼女の大切なことを一つ知れて、僕はあやうくガッツポーズするところだった。明日は十月二十二日で天気は秋晴れの予報。そして彼女の胸を彩るリボンが黄色なのは、僕と同じ二年生と調べずみだ。彼女は制服のリボンが嫌いらしいが、明日十四歳になる。
「そうだ、たかまさにはいつ春が来るんだ?」
ぐふっ。今度の割り込みは何だよ、やけに古風な言い方を出してきて。その前に冬が来るから――まあ、恋をしただけで〝春〟ならすでに来てるのか。うわあバスが揺れるっ!
「おっと、と、ごめん……」
「くぐっ、痛えって。おめえでなきゃ許さねえところだ」
ははは、こっちは遠心力で飛ばされた先が龍樹で助かったよ。
僕は姿勢を立て直しながらちらと繭のほうを見る、たまたま目が行ったふり。彼女は伏し目がちで、どこかエナガに似ている気がした。
「そうだすみな、誕生日に、母親に産んでくれてありがとうって言ったことある?」
彼女が口を開く。
「あ――、うん。でも繭は、つらいんだったら無理しなくていいと思うよ? そりゃあ言ってもらえれば、うれしいだろうけど」
繭を痛めつけている難問は、僕にはまったくの謎に包まれていた。彼女と「すみな」と呼ばれる友達の話をいくら盗み聞きしてもがんばる気力を失った原因はわからず、だからその点でも「難問」だった。
そんなの中学生には、特に女子にはありきたりだって? だけど繭の場合はすみなさんが同じ放課後に五回も生存確認したことがあるほど深刻で、また学校でいじめられている気配はなく、家庭で虐待されたり逆に私立中に入れられて過度な期待にさらされたりもしていないようだ。親の期待はほどほどでも進路に悩んでる? 高校受験のない私立だよ? 部活動は帰宅部みたいだし、友達はいつもすみなさんがいてくれる。じゃあいったい何が繭から笑顔を奪ったのだろうか。
笑顔を奪った――、そう、ひと目ぼれした瞬間さえ彼女は虚無に支配されて見えた。ふと暗い女の子が好きなのかと胸に問いかける僕。いやいやいやいや、僕は彼女に笑っててほしいしもちろん笑顔を見たい。気持ちが深く沈んでいても異性を恋に落とせるくらい彼女が魅力的なだけだよ。
と、とにかく僕は恋する人が毎日つらそうにしているから、何とかその
では乗り降りする停留所からして違う他校の少女に、僕はどうしたらいいのだろう――とこのように悩み苦しむ僕のそばで、さっきから龍樹がしゃべり続けている。そろそろ怒りだすころだ。
「おい、聞いでんのか?」
ほらね。
しかし無視したかったのではなく恋を優先していただけだから、僕は焦りもせずに「龍樹のおかげで悩んでんだよ」と返した。
「ほほう、それはどういう……はっ、恋か? おい!」
僕に「いつ春が来るんだ」と言った龍樹はすぐ思い至ったらしいが、いくらバスの中でも大声はやめてくれ。繭に聞こえてしまう!
結局焦った僕は彼にだけ届く音量で叱り、
「そんな大きい声で言わないでよ」
ちょうどバスが少女二人を降ろす停留所に着いて前のめりになった。
僕たちの横を二人が、特に僕を押しのけて繭が出口へと歩いていく。彼女が重要な何かを口走った気がしたけど、霧のように消えてなくなった。
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