01-03 風と武勇伝 



「……あれ? 『風』ってなんだっけ?」


 リオンは、魔力を『風』に変換するイメージを固めようとしたのだが、その実体が何なのか急にわからなくなってしまったのだ。

 なぜなら、前世の知識が『風とは、火や水のような物質ではなく、空気の移動によって起こる物理現象である』と告げていたからだ。


「たしか、地球の科学では、太陽で暖められた空気が軽くなって上昇し、そこに冷たい空気が流れ込むことによって大気の移動……つまり『風が吹く』という現象が起きるとされている。ということは、魔力で『空気』を生成し、その空気で元々ある空気を押してやれば、結果として風になる……ってことでいいのか?」


 とりあえず、この部屋の空気の中に、新たな空気を魔法で発生させてやれば、空気が動いて風になるはずだ。

 リオンはそう結論付け、先ほどから指先に集中させていた極小の魔力を、今度は『空気』という物質に変換するイメージで実行に移す。


「よーし、なんとかなれ!」


 瞬間、パンッ! という鼓膜を突き破るような鋭い破裂音が響き、見えない衝撃波がリオンの顔面を襲って後ろへと吹っ飛ばした。

 そのままドゴンッ! という鈍い音を立てて背中から壁に激突。

 しばらくの間、激痛に身悶えていると、階下や隣室からバタバタと慌ただしい足音が聞こえ、あっという間に家族全員が集まってしまう。

 それはもう、父、母、二人の兄、そして姉のルーナまで、一家全員が勢揃いである。

 リオンは痛みを我慢しつつ咄嗟に言い訳を考え、『急にテンションがあがって机の上で踊ってたら、足がすべって転んじゃった』という我ながら謎すぎる言い訳を口走り、家族の呆れた視線を浴びながらも、なんとかその場を切り抜けることに成功。

 家族に『バカなことはするな!』『さっさと寝なさい!』と叱られたので、今夜は魔法実験を諦め、ベッドの中で静かに先ほどの現象について考察することにした。


「……それにしても、なんでいきなり空気が破裂したような現象が起きたんだ?」


 目的であった「空気で空気を動かす」ことは、ある意味で成功したのかもしれないが、結果がそよ風どころか破裂音と衝撃波という、あまりにも想定と違うものだった。


 破裂音と衝撃波が発生したということは、極度に圧縮された空気が一瞬で出現し、それが音速を超えるような凄まじいスピードで膨張、拡散したということなのだろうか?

 しかし、リオンはただ『空気』をイメージしただけで、それを『圧縮』したつもりは全くない。

 本当に、ただただ米粒ほどの少量の魔力を、ありふれた空気に変換しようとしただけなのだ。

 いくら魔法の変換効率の良さが馬鹿げていたとしても、ただでさえ希薄な気体である空気が少し増えただけでは、あれほどの衝撃波を発生させるのはどう考えても不可能なように思える。


 ――あっ、そうか!


 瞬間、リオンの脳裏にまるで稲妻のような閃きが突き抜けた。


「もしかして、変換する前の『魔力』を無意識に圧縮していたのだとしたら……その圧縮された状態で物質に変換したから、急激な膨張が起きてしまった……とか?」


 思い返せばあの時、竜巻の発生を恐れたリオンは、放出する魔力を極限まで小さくしようと意識を集中させていた。

 その行為が、無意識のうちに『魔力の圧縮』というプロセスになっていたのだとしたら……


 リオンははやる気持ちを抑え、すぐさまベッドから飛び起きると、再び手のひらの上に魔力を放出し、今度は意図的に軽く圧縮していく。

 そして、その魔力を炎へと変換した、瞬間――

 ポムッ!! と炎が一瞬だけ膨張して、すぐに消えた。


「す、すげぇ……! ほんのちょっと圧縮しただけなのに、ちゃんと爆発した……!」


 爆発とは、急激な圧力の発生や開放によって熱や光、音を放ち、場合によっては破壊作用を伴う現象である。

 これまでリオンがやっていた魔法は、単に魔力を火や水といった物質に変換するだけのものにすぎなかった。

 それは戦闘で使う攻撃魔法というよりは、火起こしや水汲みに使うような、ごく初歩的な生活魔法のようなものである。


 この世界には、炎の矢を飛ばしたり、鋭い氷の槍や石の礫を生成して射出するような、高度な魔法技術が存在する。

 それらの習得には、長年の修行による努力と、一握りの才能が必要になると聞く。

 しかし、既存の体系に囚われず、自分の意思で自在に爆発をコントロールできるのであれば、それは紛れもなく、自分だけの魔法と言っても過言ではないはずであった。


「やったぞ! 独力でオリジナルの魔法を開発するなんて、やっぱオレって天才だったんだな!」


 リオンは心の底からあふれ出る喜びを噛み締め、ベッドの上で両腕を突きあげたのであった。





「おーい、見ろよ! あれは将来、魔法のすいを極めて伝説の魔法使いになるリオン様じゃねーか!」


「よう、リオン! 聞いたぜ、昨日のこと! お前、魔力量が【低】だったらしいな!」


 清々しい朝を迎えた日、リオンが領主屋敷の玄関を出ると、敷地内にある道場の外で剣術の稽古をしていた年上の少年たちがいた。

 やはり、昨日の【魔力選定の儀】での一件は、すでに領内の子供たちの間に知れ渡っているようだ。

 そんな皮肉を込めた言葉に、リオンは咄嗟に反論した。


「くっ! ち、違う! あれはきっと誰かのインボーだ! もしくは、あの魔道具が壊れていただけなんだ!」


「おおっ!? リオンのやつ、まだ魔法使いになる夢をあきらめてないみたいだぜ!」


「ははっ、さすがはリオン。これっぽっちも凹んでないじゃないか!」


「ていうか陰謀って、お前にそんなことして誰が得するんだよ」


 リオンの必死の反論に、少年たちは腹を抱えて笑いながら、口々に言葉を返す。


 このエアフォルト準男爵領は、リオンの両親が拝領してからまだ年月が浅く、開拓の途上にあるため人口も少ない。

 そのため、領主と領民という身分の差はありながらも、実際には共に荒れ地を切り拓く仲間という意識が強く、皆家族のように親しい間柄だった。


「ちょっとアンタたち! 寄ってたかって小さい子をイジメるなんて、みっともないことしちゃダメじゃない!」


 凛とした声が響き、勝ち気そうな青い瞳をした女の子がずかずかとやってくる。

 赤茶色のポニーテールを揺らしながら近づくその姿は、リオンより三歳上の次姉、ルーナ・エアフォルトだった。

 彼女も朝の剣術訓練の途中だったらしく、その手には使い込まれた木剣が握られている。


「い、いや、ルーナ様! 違います! 僕たちがリオンをイジメるだなんて、とんでもない!」


「そうだぜ! そんなことしたら、俺たちの命がいくつあっても足りやしないって!」


「……あら? なんだ、リオンだったの。それなら心配して損をしたわ」


 少年たちの必死の弁解を聞いた姉は、リオンの顔を見るなり瞬時に状況を理解して呆れたように肩をすくめた。


「なんだかすごく酷い言われようなんだけど、泣いてもいい?」


 リオンがわざとらしく目に涙を浮かべてそう言うと、なぜかその場にいた姉と少年たちがゲラゲラと笑い出した。


 ――解せぬ!?

 いや、まあ、多少の心当たりはあるのだが。


 リオンは、この世界に転生してから今日に至るまで、魔力による身体能力強化の才能があることを家族にも秘密にし、人知れず修行を重ねていた。

 さらに剣技や格闘術においては、領内の兵士訓練で筋力や体格に劣るが猛者として活躍している者たちを研究対象とし、自分よりも筋力や体格に優れた相手をいかにして制するか、というテクニカルな戦闘技術を徹底的に研究していた。

 そうして得た観察眼と、前世で得た様々な戦闘知識とを融合させることにより、リオンは独自の戦闘技術を確立し、さらに日々研鑽を積んでいったのである。

 その結果、相手が体格で勝る年上だろうが、歴戦の大人だろうが一切関係なく、自分の目に『悪人』と映れば即座に拳でわからせにいくという、喧嘩上等で無鉄砲な子供が出来あがってしまったのだ。


 武勇伝としては、道で絡んできた『酔っぱらいの暴漢』を返り討ちにしたり、『屋敷に侵入した泥棒』を半殺しにした話が、領内で語り継がれているほどである。

 まあ、本人はあとで両親にメチャメチャ怒られてしまったのだが……


「さてと、それじゃあボクはちょっと町の商店に買い物に行ってくるよ」


「買い物ですって? いいこと、くれぐれも騒ぎを起こさないように、気をつけて行くのよ」


「いや、なんでボクが騒ぎを起こすことが前提になってるのさ?」


「そんなの決まってるでしょ! リオンの『日ごろの行い』が悪いからよ!」


 ルーナがビシッ! と指をリオンの鼻先に突きつける。

 思わず『そんなことはないよ!』と反論の言葉が出かかったが、思い当たることが山のようにあったので、リオンは賢明にも口を閉ざした。

 調子に乗るとすぐに周囲が見えなくなって突っ走るのが、自他共に認めるリオン・エアフォルトという少年の欠点なのである。

 しかし、姉にそんな正論を突きつけられて気落ちしてしまうようなリオンではない。


「わかった! じゃあ、できるかぎり気をつけていってくるね!」


 姉の指摘など何処吹く風とばかりに元気よく返事をすると、リオンは新たな発見への期待に胸を膨らませながら足を踏み出したのであった。



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