第3章:人とのつながり

「ユウ、ちょっとこっち、手を貸してくれ」


 そう声をかけたのは、レイだった。今日は小屋の屋根の修理をするという。乾いた木の板が山のように積まれていて、ユウは思わず苦笑いした。


「また、腰にくるやつですね」


「おう、くるぞ。だが、うまいこと重ねて運べば案外いけるもんさ。コツを教えてやるよ」


 ---


 作業は思ったよりも重労働だったが、悪くなかった。


 レイと並んで板を運びながら、時おり雑談を交わす。言葉は少なくても、どこか心が近づいていくのがわかる。


「こっちの世界にも、“友達”って言葉、あるんですか?」


「あるさ。……だが、“隣人”って呼ぶことのほうが多いかな。どこに住んでても、心が近いやつのことだ」


「なるほど。いい言葉ですね」


 レイは照れくさそうに笑って、背中をぽんとたたいた。


 ---


 午後、作業の合間に、村の子どもたちが走ってきた。


「ユウー! 見て! これ作ったの!」


 手にしていたのは、小さな木の剣。削り方は少し雑だったが、先端はそれなりに整っていた。


「すごいね。ちゃんと形になってる。……でも、持ち手のところ、少しだけ丸めると手が痛くならないよ」


 そう言って、ユウはナイフを借りて、持ち手の角を少し削ってやった。

 それを見ていた他の子も、次々と駆け寄ってくる。


「おいらのも直してー!」


「わたしにも剣作ってー!」


「先生みたいだな、お前」


 レイが肩越しに笑いながら言った。

“先生”と呼ばれたのは、何年ぶりだろうか――そんな言葉が、胸に静かに染みた。


 ---


 夕方、広場で焚き火が焚かれ、村人たちが自然に集まってきた。


 パンとスープ、そしてミーナが試作した「バター風味の焼きパン」が並ぶ。

「ちょっと焦がしちゃったけどさ」と言いながら差し出されたその味は、どこか懐かしかった。


「ねえ、ユウさん。この世界には、もう帰らないの?」


 パンを頬張りながら、隣に座った少女がぽつりと聞いた。


 ユウはしばらく黙って空を見上げてから、答えた。


「うん……。正直、まだわからない。けど、今は……ここにいたいと思ってる」


「そっか。じゃあ、わたしのお兄ちゃんになってよ」


「えっ?」


「お兄ちゃん、旅に出ちゃったからさ。だから、代わりに」


 ユウは少し戸惑いながらも、笑ってうなずいた。


「うん。じゃあ、これから“お兄ちゃん”って呼ばれたら返事するよ」


「ほんと!?」


 少女は満面の笑みで「やったー!」と叫んで、火のまわりをくるくると走り回った。


 ---


 あたたかさは、どこか特別な力を持っている。


 この世界の人々のさりげない優しさが、ユウの心を少しずつほどいていった。


“必要とされる”こと、“誰かの居場所になる”こと――


 それは、かつて失ったものだったのかもしれない。

 けれど今は、もう一度手にできる気がしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る