第15話 捧げる想い
翌日、私たちは三人で連れ立って、アリスター先生の研究室へと向かっていた。
私の右隣には、どこか不機嫌そうなヴェロニカ。半歩左後ろには、静かに歩くレノーア。奇妙な、いびつな、三人組。
それでも、昨日までの、たった一人で廊下を歩いた時の心細さに比べれば、ずっと心強かった。
アリスター先生の研究室は、昨日と同じく混沌としていた。
扉を開けた途端、ヴェロニカが、その整った眉をひそめた。
「先生、もう少し整理整頓というものをご存じないのですか。これでは研究効率も落ちるでしょうに」
「何を言っているんだね。私にとっては、この上なく整然とした並びになっているのだよ、ヴェロニカ君。見た目ばかりに囚われてはいけないよ。君も、もう少し頭を柔らかくしたまえ」
「非論理的です」
早速、二人のそんなやり取りが始まった。なんだろう。この二人、意外と良いコンビなのかもしれない。
私が、禁書庫から持ち帰った魔道書『魂の器、力の鞘』を机に置くと、アリスター先生の瞳が探究者の鋭い光を宿した。
「ほう……本当に手に入れてくるとは。その行動力だけは、君の兄たちに引けを取らんな」
先生は、本の表紙を慎重に撫でながら、満足そうに頷いている。
私が読めたという一文、『器は魂の色。魂は魔力の色』を伝えると、彼はさらに深く頷いた。
「ヴェロニカ君。この詩の意味が分かるかね?」
「……分かりません。ですが、先生の解説を聞く前に、一つだけ言わせてください」
不意に、ヴェロニカが口を開いた。
「この本を解読するにあたり、私も同席する権利を要求します」
「構わんよ。君の手は借りることになるだろうからね」
「……? ええと、ありがとうございます。では、どうぞ続けてください」
あくまでも対等な立場を主張するヴェロニカの言葉に、アリスター先生は、くつくつと笑った。
「ではリゼロッテ嬢。『器は魂の色』とは、君の黒腕が、魂そのものの性質を反映しているということだ。『魂は魔力の色』とは、その魂の性質が、君の持つ『崩壊』という魔力の本質と分かちがたく結びついていることを示す」
「つまり?」
「この本が言っているのは、『崩壊の力を持つ者の魂に適合する鞘は、全く別の聖なる力などで作るのではなく、その崩壊の力の本質を理解し、受け入れた上で作らねばならない』ということなのだよ」
先生は、本のページをめくりながら、解読を続けた。
「……ふむ。鞘の核となるのは『星の涙』と呼ばれる鉱物だな。持ち主の魂と魔力に完全に同調し、その力を安定させる触媒だ。これにリゼロッテ嬢の魔力を注ぎ込み、器の核とする必要がある」
そして、アリスター先生は、何気なくヴェロニカに尋ねた。
「シュタイン君、君の家はこの分野の専門家だ。この『星の涙』に、何か心当たりは?」
「鉱物ですか。確かに私の家は鍛冶をルーツとしていますが、そんな名前は……」
「ふむ。ちなみにこの『星の涙』だが、現代では『心臓石』とも呼ばれているそうだ。どうかな?」
その問いに、ヴェロニカの表情が凍りついた。すっと血の気が引き、普段の自信に満ちた表情がはっきりと揺らぐのが見えた。
「ヴェロニカ、知っているの?」
私が尋ねると、彼女はしばらくためらった後、重い口を開いた。
「……ええ。知っています。それは、我がシュタイン家に代々伝わる秘伝の石…いえ、道具です。『心臓石』は、シュタイン家の者が、生涯に一度だけ、自身の最高傑作を創り上げる際に使用することを許される、魂の石。一度主を決め、魔力を通わせれば、二度と他の目的には使えない……私の、たった一つの……」
彼女の震える声が、室内の空気を張り詰めさせる。その響きに含まれた重みに、私まで息を飲んだ。
「そんなに大切なものなら、私のために使うわけにはいかないわ……」
私が諦めかけた、その時だった。
ヴェロニカは、何かを思い出すように、遠い目をして呟いた。
「……昨日、その石を使った完成品を見ました」
「何ですって?」
私の問いに、ヴェロニカは悔しそうに、そして強い探究心の光を目に宿して言った。
「昨夜の黒鎧の男です。彼の剣…あの刀身の輝き、魔力の波長は、間違いなく『心臓石』を核にして鍛えられたものでした。シュタイン家の品に違いありません。私も、あんな逸品を作れるなら……」
衝撃の事実に、私とレノーアは言葉を失う。
ヴェロニカは、私にまっすぐ向き直ると、決意の表情で告げた。
「リゼロッテ様。私は、貴女に協力します。私の『心臓石』を提供しましょう。その代わり、貴女のその腕と、『鞘』の作成に関する全ての記録を、私にも共有させていただく。そして……あの黒鎧の男の正体を突き止めることにも、ご協力いただきたい。これが、私の条件です」
彼女は、一族の秘宝の謎を解くため、そして、職人としての探究心を満たすため、自らの「一度きりの奇跡」を、私に賭けることを決断したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます