第6話

境とF氏が会う日は秋の連休…、俗にいうシルバーウィークの真っただ中であった。

そのせいか、待ち合わせ場所のコーヒーショップがある駅周辺の人出は明らかに、オオーッってレベルに達していた。


この日の境ノブアキは、電車で当該駅まで出向き、駅ターミナルに降り立つと見渡す限りの人の溢れる絵柄に、思わずどっとため息を漏らすのだった。


”久々に繁華街へ繰り出せば、そこもここも人間の顔で埋めついてるわ。オレの視界を占領してるのは、顔、顔、顔…。ゲップが出るくらいに、見たこともないのに、この顔たちには、もう見飽きてる感でヘキヘキとなる。なんでニンゲンの顔って、こうも皆能面なんだよ…”


で…、ふと彼はぼんやりこうつぶやいてしまう。

“それに比べれば、あの顔たちの方が“と…。


決して活きはよくない、どちらかで言えばさえない中年オトコが、心機一転、新たな職場でポンコツな翼を目いっぱいで疾走中のその当人にしては、あまりに屈折していたその眼効き…。


もっとも、そのココロは彼の深刻な孤独度にあったのだから、冷めた目で断じれば、然もあらんですっぽり収まってしまうのだろうが…。



***



午前10時半…。

二人は待ち合わせ場所で面識を持ち、軽い挨拶を交わした後、即、”本題”に入っていた…。


「…境さん、加瀬さんからはあらかた聞いてるから、肝心なとこだけ聞くよ。アナタ、オンナの方なんだね?その他の顔どもは”入って”こない…。そういうことですな?」


「はい、そうです…。自分にも顔はいっぱい見える。でも、一カ月半してはっきりしました。要はアレなんです。他は同じ不気味な顔らしき黒い染みでも、あなたの表現なら全然入ってこない。だけど、Fさんはそうじゃなかったそうですね?」


ここで境は、しょっぱなにF氏へこう突き付けた。


「うむ…。あのオンナはその他大勢で、自分の料金所を辞めた理由はその他大勢の全部でです」


これに対するF氏のアンサーはシンプルであった。

さらに、これを受けた境はもうひと突っ込みした。


「加瀬さんが言うには、料金所をソレで辞めた”もう一人”は、自分と一緒だと…。そうなんですかね、本当に?」


「そのもう一人は、私がS料金所に入った時にはもういなかったから、私は面識がない。要は、加瀬さんからの又聞きだよ。その上で、彼はそういうことだったらしい。…加瀬さん、アナタをその人のようにしたくないんだよ。料金所には長く勤めさせてやりたいと…。それが正直な気持ちさ」


F氏は誠に要所を得ていた。

そこに気づいていた境もまた、それであればと、再突込みに出る。



***



「ありがたいことです。他の先輩方は、気のせいだ、そんなもんに気を取られてると見逃しするぞー、としか言わんですからね」


これにはコーヒーカップを手にしたF氏も、思わずコーヒーをこぼしそうなって苦笑いを必死におさえていた。


「…単刀直入でお願いしますよ、Fさん…、私はどうすればいいんでしょう?」


「自分はガキん時から、俗に言う霊感は強くてね。それ故、霊現象とかには、他の人より冷静に捉えられる。そのオレから言わせてもらえれば、あそこの料金所…、要は南側の山肌で日が遮られてる下りブース付近がピンポイントで雑多な霊どもの掃きだめ地帯…、成仏を嫌がる?輩連中からすれば、格好のオアシスになってるって訳…」


「…」


あまりに直球なF氏の衝撃告白に、早くも境は目から鱗状態となり、あっけにとられた。

さらに、F氏は端的に話…、というか解説を続けた。


「…そういった場所にたむろする霊は、二通りさ。あっちからすると、恨みつらみをぶつける対象か、浮ばれない想い…、まあ現世への未練ってことになるが、これを受け止めてくれる対象を求めてると…。ざっくり言えば、あそこの陰毛丸出しオンナの霊はコテコテで後者になる」


「!!!」


境はズバリ核心を鷲掴みなF氏の指摘に驚きを隠せず、すでに全身をトリハダに支配されていた。


「…その二つに対象とされるニンゲンはどっちも、要は共通していて、ツケ入れられるスキ乃至は向こうさんの波動に乗っかっちゃってる人達なんだよ。…アンタ、もう察してると思うが、ノイローゼになったもう一人とアンタはあのオンナのこの世で満たされなかった情愛の受け皿にされてるってこと。オレから言わせれば、哀れな浮遊霊の獲物にされたより哀れなオトコとなる」


「…」


境は言葉が出なかった。

まさか、こうも単純明快に一刀両断されるとは…。


しかし、半面、ここまではっきりと”解”をぶちつけられ、彼はむしろハラが座った。



***



「Fさん、わかりました。仮にこのままなら、オレはあのオンナに憑りつかれ、呑みこまれる…。そういうことなんですね?」


「そうだよ。それは、もっとはっきり言えばこうなる。アンタ、あっちの世界に持っていかれるか、この社会では生きてはいけない精神状態で一生を終えることになるよ。それがいやなら、即対処するしかない。そこで一応聞くよ。アンタ、今、人恋しいってことかい?」


もはや、F氏の言わんとすることは読み取れたので、境は正直に本心をさらけ出すことにした。


「ええ、オレはこの年で”すべて”を失ってしまった。年老いた親は両方とも老人ホームで共に介護状態だし、両親が死んだらカンペキ、天涯孤独だ。正直、心の奥底で、誰でもいいから心で繋がりたい…。できればもう一度、異性と焦がれ合い…、寄り添える人を欲っして止まない…。そんなとこですよ!」


半ば投げやり感を同伴させ、境は思いっきりありのままで、ジブンの心を吐き出せた。

そんなやや年下な彼を、F氏は両眼を細め、彼の発した言葉と心情をかみ砕いている様子だったが…。



***



「…なら、もろあのオンナには格好のお相手ってことだわ。どうする?いっそ、このまま、おそらくはそこそこ美人だったアレと、地の果てまで堕ちるか?すべてを失ったと堂々と宣言できるアンタには、それもまたオツな選択かもよ」


ここに来て、F氏は意地悪この上なかった。

実直な程…。


「そのオツなチョイスも一興ものにも思えるますよ、今の自分には…。だから、迷うさ!」


ここで境は大きく肩で息をついて、俯いてしまった…。


「まあ、この際だ。迷えばいい。時間はないと思うが、中途半端な自己納得じゃあ、所詮、気持ちがふらついてヤツからは抜け出せんし。なので、今日は結論として、あくまでオタクの決意がしっかり固まったらが前提になるが、ああいった俗に言われる色情霊との決別方法を伝授する。おそらく今はこの世にいないだろう、アンタの先輩みたいになりたくなかったら、彼女から発せられるラブコールには、すべてビシッと固辞し続けるんだ」


一転、F氏の口調はキツい訓読調にスライドした。


「…いいか、これは単なる表面的な態度じゃないぞ。心の底から、オンナを突っぱね、自分から排除できなければ、彼女はあの手この手と獲物のココロを喰らうまで追い求めてくる。自宅だろうが、外国だろうが、どこまでもな。…辛いぞ。だが、それ出来なきゃ、アイツに持っていかれる。それだけさ」


「よくわかりました、Fさん…!真摯なアドバイス、本当に感謝しますよ。最後にもう一つ、教えて欲しい。もしその決意になれたら、やはり、料金所は辞めないとダメかな?加瀬さんはまず、辞めることを最優先に捉えてたみたいだから…」


「いや、別にあの下りレーンに立ち続けたっていいさ。オレ的には厳密な地縛霊じゃないと見立ててるから、あそこ辞めて逃げたって、どこまでアレは追いかけてくるってことなんで。つまり、逃げではなく、来たものを自分から突っぱねきれるか否か…。要は、アンタの心がすべてを決めるわけさ。その対処法は、よくアタマを巡らせてみればいい」


最後にF氏はやや笑顔で、境に肩をポンと叩き、エールを送った。

かくして、境ノブアキは熟慮を重ねた結果、あのオンナから”決別”する決意を固める…。










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