第32話

第32話「偽装された記憶」



未知のルートは、まるで誰かの悪夢を具現化したかのような空間だった。

歪んだ通路が不規則に交差し、壁面には意味不明な記号が刻まれている。

重力も一定ではなく、時折、体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われる。


「……気持ち悪い……」

ほのかが顔をしかめながら呟いた。

「なんか、空気も変だし……」


「無理に進む必要はない。体調が悪くなったら、すぐに言ってくれ」

三崎はそう言いながらも、《計数解析》の精度を上げていた。


(この空間……意図的に“偽装”されている。マナの流れが、不自然に遮断されている箇所が多い)


まるで、誰かが現実を塗り替えるように、この空間に干渉している。

その痕跡が、スキルの視界にはっきりと映し出されていた。


「三崎くん、見て……!」

ほのかが、記録板を指差した。

「この通路、さっき通った時と、形が変わってる……!」


記録板に映し出されたのは、数分前の通路の映像。

しかし、現在の通路と比べると、壁の配置や天井の高さが明らかに異なっていた。


「……《保管記憶》で過去の映像を再生しても、改ざんされた痕跡が見つかる……」


三崎は、呟いた。

ほのかのスキルをもってしても、この空間の偽装を完全に暴くことはできない。

それほどまでに、巧妙な工作が施されている。


「……どうすれば、いいの……?」

ほのかが不安そうに尋ねる。


「……この偽装の出所を、探す」

三崎は静かに答えた。


「《計数解析》……探知モード、展開」


スキルを切り替え、空間内の微弱なマナの流れを捉えようとする。

通常の探知モードでは、ノイズが多すぎて何も見えない。

そこで、彼は《計数解析》の応用――探知範囲を極端に絞り、微細なマナの流れだけを抽出する特殊モードを試みた。


(……集中……集中……)


神経を研ぎ澄ませ、意識を極限まで集中させる。

やがて、視界の奥に、かすかな光の線が見え始めた。

それは、まるで糸のように細く、微かに脈打っていた。


(……繋がっている……?)


光の糸は、複雑に絡み合い、まるで血管のように空間全体に広がっていた。

そして、その中心には――


「……見えた」

三崎は、静かに呟いた。

「偽装の中心……あの先に、何かがある」


その時、背後から声が響いた。


「……そこまでだ」


振り返ると、黒瀬率いる《クリムゾン・セクション》が、いつの間にか背後に迫っていた。

隊員たちは、周囲を警戒しながら、銃を構えている。


「……黒瀬さん……!」

ほのかが驚いた声を上げる。


「これより、この区域を封鎖する。三崎、春日井、状況を説明しろ」

黒瀬の声は、冷たく、そして厳しかった。


三崎は、簡潔に状況を説明した。

偽装された空間、改ざんされた記憶、そして、偽装の中心。


黒瀬は、黙って三崎の話を聞き終えると、指示を出した。

「《クリムゾン・セクション》、突入準備。偽装空間の奥に、何があるか確認する」


「……待ってください。危険すぎます。敵の目的も、戦力も不明なまま突入するのは……」

榊原が制止しようとするが、黒瀬はそれを無視した。


「……お前たちは、ここで待機しろ。俺たちが、片付ける」

黒瀬はそう言い残し、隊員たちと共に、偽装空間の奥へと消えていった。


残された三崎とほのかは、不安げに顔を見合わせた。

榊原は、苛立ちを隠せない様子で、端末を操作している。


「……一体、何が……」

ほのかが震える声で呟いた。


数十分後。

偽装空間の奥から、銃声が響き始めた。

それは、断続的で、激しかった。


「戦闘音だ…」

榊原が、焦りを隠せない声で言う。


やがて、銃声が止んだ。

静寂が、空間を支配する。


「……おわった……?」

ほのかが、不安そうに呟く。


その時、黒瀬が姿を現した。

その表情は、いつもと変わらず、無表情だった。

しかし、その手に握られた銃は、熱を帯び、微かに震えていた。


「……偽装空間の奥にいた、技術者を確保した」

黒瀬は、短く言った。


「技術者……?」

榊原が、驚いた声を上げる。


「……他社の技術を盗用し、この迷宮に偽装工作を施していた様だ。」

黒瀬は、そう言い放った。


「……そんな……」

榊原は、愕然とした表情で、言葉を失った。


「春日井」

黒瀬が、ほのかに視線を向けた。

「お前のスキルは、今回の事件の核心に触れる力を持っている」



その時、背後から、乾いた音が響いた。


それは、銃声だった。


ほのかに向かって、何かが飛んでくる。


「危ないっ!」

三崎は、叫んだ。


次の瞬間、三崎は《計数解析》で弾道のマナの流れを読み、庇うようにほのかを抱き寄せた。


—— 衝撃。


鈍い痛みが、三崎の肩を貫いた。

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