第10話

第10話「支援射撃 ― 評価の裏で」


視界の端に、地面に崩れ落ちた害獣の残骸が転がっていた。

八体。どれも心臓、あるいは脳幹を正確に撃ち抜かれ、即座に行動を停止している。

三崎の放った八発が、一切の無駄なくすべてを仕留めていた。


(……仕留めすぎたか? いや、あの状況なら妥当だ)


中西とともに現場に駆けつけてから、わずか数十秒。

別部隊が対応中だった戦線は、三崎の射撃支援によって一瞬で鎮圧された。


「……助かった。正直、危なかった」

呼吸を整えた探索者が、三崎に向かって深々と頭を下げる。

彼の言葉に偽りはなかった。2人は明らかに負傷しており、対応が遅れていれば――


「無事でよかったです。早めにログと帰路を確認しておいてください」

三崎はそう言いながら、手元の端末を確認する。


隣の中西がぽつりと呟いた。


「八発……全部命中。しかも、即死レベル……マジで何者だよ…」


「支援しただけですよ。ターゲットの動きが早くなかったので、楽でした」


「楽って……いや、俺走ってただけって感じでマジ恥ずかしい……」


「判断は間違ってないとは思います。けど、次からは冷静に。突っ込むだけじゃ、部隊は回らない」

「……おう……」


中西が苦笑まじりにうなだれる。


(焦る気持ちは分かる。だが俺たちは“守る”立場でもある)


三崎は画面に映る戦闘ログを確認した。


――――――――――――――――

【戦闘支援ログ】

・時刻:09:21:43

・対象:第三区潜行班C

・発砲弾数:8

・命中率:100%

・撃破対象数:8

・使用武装:ダンジョン専用モジュラー拳銃 DMG-09《ベクター》

・スキル連携:有(《計数解析》モードB)

――――――――――――――――


(このデータが上層に回れば、しばらくは色々と注目されるだろうな……)


三崎は端末を閉じ、肩から息を抜いた。


ただ撃っただけ。されど、その“だけ”が――

この会社では、<立場>を決定する材料になる。


(あとは、どう見せるかだ)


探索班Cの2人を安全な通路まで送り届けた後、三崎と中西は一度、通信用ビーコンの届く範囲まで引き返す。


通路の天井には古い配線のような結晶化構造が這っており、僅かに発光していた。exp由来の自然発光現象──この層ではよく見られる。


「とりあえず、ここのログは送信しといた方がいいな。救援対応したって証明になる」

中西が端末を操作しながら言う。


「はい。こっちも送っておきます」


三崎は自分の端末から、戦闘時の映像ログとスキル連携データを選択する。

ついでに支援者としての報告フラグを付け、評価対象であることを明示しておいた。


(……アピールは必要だ。実力だけじゃ、上は振り向かない)


中西がふと顔を上げて、少し遠慮がちに聞いてきた。


「なあ、お前……元自衛とかだったりする?」


「……まあ、似たようなもんです」


「やっぱな。正直、俺じゃ足手まといだったろ」


「そんなことありませんよ。……ちゃんと、走ってくれたんで助かりました」


「うぉい、それって皮肉じゃ……」


三崎がわずかに笑ったのを見て、中西も肩の力を抜いた。


通信が完了したことを示すランプが点滅し、ビーコンの範囲内にログがアップロードされた。

社内ネットに反映されるのは、数分後。そこからが、本当の“評価”の時間だ。


「……三崎」


「はい」


「もし今後も一緒になることがあったら……俺、ちゃんと成長してるって思われたいからさ。見といてくれよ」


「もちろんです。俺も、まだまだこれからなんで」


2人は軽く頷き合い、ダンジョンの帰還ルートへと歩を進めた。


三崎の背中越しに、中西はふとつぶやく。


「……にしても、さっきの拳銃、すげえな。あれ、社内配備品か?」


「いえ、個人装備です。“ダンジョン専用モジュラー拳銃 DMG-09《ベクター》”。反応補正にexp干渉が入ってます。ちょうど携行許可証を持っているもので、用意してみました」


「マジか……お前、何者だよ……」


(“何者”かに、なるんだよ。ここでな)


三崎の視線は、出口へと続くぼんやりとした光を見据えていた。


――


【CHIPS:社内配備品と個人装備の違いとは】


ダンジョン探索における装備品には、大きく分けて「社内配備品」と「個人装備」が存在する。


社内配備品とは、迷宮株式会社が各職員に対して支給・貸与する標準装備である。職種や所属課、等級によって支給される内容が異なり、主に安全性・汎用性を重視して構成されている。たとえば、探索一課の新規職員であれば、防刃ジャケット、標準スキャン端末、小型打撃用ツールなどが基本装備となる。


一方で、個人装備とは、探索者が自費もしくは補助制度を活用して独自に所有・持ち込みを許可された装備品を指す。ダンジョン探索という業務の性質上、装備の性能差がそのまま生存率に直結するため、ベテラン層や特務候補者の多くは、専用設計の武装やexp干渉型デバイスなど、社内標準を上回る高性能な個人装備を所持している。


ただし、個人装備の持ち込みには社内審査が必要であり、以下の条件を満たす必要がある:

• 対ダンジョン活動用に設計・認定されたものであること

• 社内規格に準じた通信・記録機能を搭載していること

• 持ち込みに関する責任を使用者が負うこと


このため、所有しているだけでは装備は使用できず、「運用許可」として登録されて初めて実践投入が認められる。


たとえば三崎一郎が使用する「DMG-09《ベクター》」は、探索者等級向けに開発されたダンジョン専用の個人用拳銃であり、exp干渉による反応補正機能を有する高度な武装である。こうした装備は、彼の過去の訓練歴と資格があってこそ許可されているものだ。


この制度は、探索者の成長と裁量を重視する迷宮株式会社の運用方針を象徴するものであると同時に、“実力がある者ほど、装備の自由度が高まる”という、実力主義の構図を強く印象づけるものでもある。

――


探索エリアの制圧が完了した後も、現場には緊張の余韻が残っていた。


応急処置と撤収準備を進める中、三崎は少し距離をとって端末を操作していた。

戦闘ログの整理と、支援行動のレポート作成。数値の入力は正確に、言葉の選定は慎重に。


(ここからは、“見せ方”の問題だ。俺の目的は、現場で満足して終わることじゃない)


周囲では、支援を受けた探索班の隊員が中西と会話している。

「すげぇ射撃だったな……しかもあのタイミングで」「支援ってレベルじゃねえぞ」「何者なんだあの人……」


三崎の耳にも、微かにその声が届いていた。


「――そろそろ戻るか」

中西が声をかけてくる。どこかバツの悪そうな表情で。


「はい。周囲の反応もありませんし、撤収で問題ないでしょう」


「……すまん。さっきは、ちょっと熱くなっちまって」

「あの判断、間違いだったとは思いませんよ。ただ――結果を見せるなら、冷静に狙ったほうが効果的です」


「う、耳が痛ぇ……けど、それができるようにならなきゃ、上には行けねぇか」

「ええ。行きましょう、俺たちのやり方で」


二人は軽く頷き合い、地下通路の奥へと続く道を引き返す。


その背には、仕留められた害獣たちの痕跡と、戦闘ログを確認していた別班員の視線が静かに注がれていた。


(この“実績”がどう評価されるか……あとは、社内の空気次第だな)


戻る道すがら、三崎はふと空を見上げるように天井を仰いだ。


無数の照明が規則正しく灯る迷宮の天井。

どこまでも人工的で、どこまでも現実的な“戦場”。


だがその中でも、確かに――一つ、駒が進んだ感触があった。


探索エリアの制圧が完了した後も、現場には緊張の余韻が残っていた。


応急処置と撤収準備を進める中、三崎は少し距離をとって端末を操作していた。

戦闘ログの整理と、支援行動のレポート作成。数値の入力は正確に、言葉の選定は慎重に。


(ここからは、“見せ方”の問題だ。俺の目的は、現場で満足して終わることじゃない)


周囲では、支援を受けた探索班の隊員が中西と会話している。

「すげぇ射撃だったな……しかもあのタイミングで」「支援ってレベルじゃねえぞ」「何者なんだあの人……」


三崎の耳にも、微かにその声が届いていた。


「――そろそろ戻るか」

中西が声をかけてくる。どこかバツの悪そうな表情で。


「はい。周囲の反応もありませんし、撤収で問題ないでしょう」


「……すまん。さっきは、ちょっと熱くなっちまって」

「あの判断、間違いだったとは思いませんよ。ただ――結果を見せるなら、冷静に狙ったほうが効果的です」


「う、耳が痛ぇ……けど、それができるようにならなきゃ、上には行けねぇか」

「ええ、本気で上に行くつもりがあるなら、考えることは多いはずです」


二人は軽く頷き合い、地下通路の奥へと続く道を引き返す。


その背には、仕留められた害獣たちの痕跡と、戦闘ログを確認していた別班員の視線が静かに注がれていた。


(この“実績”がどう評価されるか……あとは、社内の空気次第だな)


戻る道すがら、三崎はふと空を見上げるように天井を仰いだ。


無数の照明が規則正しく灯る迷宮の天井。

どこまでも人工的で、どこまでも現実的な“戦場”。


だがその中でも、確かに――一つ、駒が進んだ感触があった。

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