師匠と聖女の処刑。①


 聖女メルルとの最後の決闘から一週間が経った頃、聖女メルルの処刑の準備が整ったとの連絡を受け、俺はギルド地下の闘技場に赴いた。


 そこは異様な熱気を放っているギルメンたちがひしめいて、皆、一様に中央の断頭台を見上げている。


 俺はその段上にあがり、そこで鎖につながれた聖女メルルを、前世とは逆の立場になって見下ろした。


「――おい、起きろ」

「ぶひゃっ」

「なんだその声?ウケるな」

「にゃっ、にゃにをしゅてるにょッ!」


 俺が、聖女様のハナを指で押して豚鼻にしてやったので、寝起きの聖女様は、第一声で間抜けな鳴き声を披露する羽目になった。


「なっ、いきなり無礼ですわね。みんなのアイドル聖女様に向かって何をするんですのーーー」

「何を、って今からお前の処刑が始まるんだよ。見てみろよ、そのアイドル聖女様の処刑を一目見ようと、ここは大観衆だ」


 ふられたギルメンたちが一斉に湧き上がる。



「おいクソ聖女、お前のせいで仲間が大けがしたんだぞ、どうしてくれるんだ」

「お前のせいで俺が大事にしていた戦利品がこなごなだ。思い出の品だったんだぞ」

「もう、どこもかしこも滅茶苦茶よ。ようやくアリスのクーデターの時の片づけが終わったばっかりなのに……」



 これ以上ない程の幸運が舞い降りたのか、はたまたギルドメンバーのタフネスがモノを言ったのか、今回も死者は一人も出なかった。


 ただし人的被害も物的被害もアリスのクーデターとさえ、比べ物にならないほどで、ギルメンは皆、聖女メルル様に怒り心頭である。


「わっ、私は何も悪くないッ!あなたを処刑したのだって、聖教会の教えに従ったからってだけで……ぶひっ」


 わめき散らす聖女の鼻を再び押してやると、彼女は再び間抜けな鳴き声を上げた。


「――黙れよ。でないと今すぐにお前を処刑する」

「ヒッ!?」


 俺が凄むと、聖女メルルはようやくその汚い口を閉じた。そんな彼女を見下ろし、俺は――


「……ようやく、お前が誰かを思い出したよ」


 そう言った。


 そして、奥底から掘り出した古い記憶について話しを始める。




 いつのことだったか、俺はお師匠様、つまり俺の師匠と共にある貴族の家に赴いた。


 その家には一人娘がいたが、彼女は呪われた瞳を持つことを疎まれ、館の地下に幽閉されていた。


 事件が起こったのは、ちょうどその晩の出来事だ。


 突如として、屋敷に隕石が降り注ぎ、その結果、貴族の両親は2人ともが亡くなった。


 もちろん犯人は俺でも師匠でもない。おそらく犯人は、その貴族の娘だった。疎まれ、蔑まれ、閉じ込められ、彼女は逃げ出すチャンスをうかがっていたに違いない。

 

 ――それだけの出来事。




 一目、顔を見ただけで言葉も交わしていないその少女は、その後、どういう経緯をたどったのか……”聖女”になっていた。


「――そうよッ!

 

 私は呪われた瞳をもちながら、なぜか聖教会の聖女に選ばれた。

 選ばれてしまった。


 毎日が恐怖だった。


 お父さんとお母さんを殺したのが私だとバレたらどうしよう。

 私が星瞳術師であることがバレたらどうしよう。

 私が聖女でも何でもないことがバレたらどうしよう。


 あなたを処刑してしまうまでは、決して安心できなかったのッ!!!」


「で、今度は俺がお前の処刑する番ってわけだ」

「呪われろッ!お前なんか未来永劫、たとえ何度生まれ変わっても呪われろッ!!!」

「言いたいことはそれだけか?じゃあ、さっさと終わらせてしまおう」


 俺が大斧を持ち上げると、メルルの顔から血の気が引いた。怯えすくみ、そしてようやく彼女は言葉を発することを止めた。


 俺は斧を振り上げて、そして声を張り上げる。


「みんな、これからお待ちかねの聖女メルルの処刑のお時間だぜ!!!今日の司会を務めるのは、かわいいアリスとかわいいセラフィのマスターでおししょーだぜ!!!」


 ……普通にこれ、恥ずかしいな。


「ころせーーー」

「やっちまえーーー」


 会場の盛り上がりはピークに達し、歓声が宮殿どころか王都全体を揺らしている。


「メルル、俺は最後にお前に言っておきたいことがある」

「まっ、まだ私をもてあそぶつもり?怯えている私を見て、おっ、面白がっているんでしょ、でしょうけど、そっ、そうはいかないわ」


 恐怖をいくら隠そうとしても、メルルには難しいようだった。そんな彼女に俺は最後の追い打ちをかける。


「お前の両親を殺したのは、お前じゃない」


「……は?」


「彼らはあの日、死んだんじゃない。


 屋敷から投げ出された二人には、あまり財産も残っていなかったらしい。すぐに生活は困窮したし、更に行方不明になった娘の身もひどく案じていた。


 その心労がたたって、あの事件からしばらく経った後で亡くなったんだ。


 お前を閉じ込めていたのは、幼い娘が決して外に出ないようにするためだ。


 訓練無しでは呪われた”星の一瞳”は隠すことが出来ないからな。彼らはお前のことを愛していたんだよ」


「ウソだッ!


 あいつらは私を憎んでいたし、疎んでいた。


 生まれてきたこと自体、間違いだと思っていた。だから、私を閉じ込めたんだ!」


「あの日、俺はお前の両親と、俺のお師匠様に頼まれたんだ」


 お前を俺の弟子にするように――。


「確かに、お前には少しだけ運がなかった。


 あと一日、屋敷から逃げ出すのが遅ければ、聖女になんて選ばれなければ、呪われた瞳なんてもって生まれなければ、確かにお前は違う人生を送れただろう。


 だが、お前は俺を処刑した。


 お前の顔を見ただけの俺のことを。

 お前に会ったことすら覚えていなかった俺のことを。

 ただ弟子たちと平和に暮らしたい、それだけが望みだった俺のことを


 お前は決して許されないことをしたんだッ!」


 ――ダンッ!


 叫び、そして俺は大斧を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る