師匠とセラフィの秘められた力。①
――おかしいとは思わないか?
アリスがギルドメンバーを蹴散らした後、逃げ込んだ部屋の中で息をひそめながら、俺はマジョルカにそう問いかけた。
「聖女メルルに洗脳の力があるなんて、前世で聞いたこともない。あいつにそんな力があったなら、もっと酷い世界になってただろうしな」
「確かに……聖教会の彼女の取り巻きで、今日のリモネやルビーと同じような、まるで人形みたいに無気力な人を見たことはありません」
それから……と、マジョルカは俺の言葉をきっかけにして思考を巡らせていく。
「お師匠様が刺されたあの夜のセラフィの様子も、今、考えればおかしいですね。あの時はお師匠様を助けるのに必死で気づきませんでしたけれど、彼女も洗脳されていたのかもしれないです」
「だが、聖女メルルは”星の一瞳”を持つ俺達、星瞳術師だけは洗脳できないと言っていた……セラフィも洗脳されたわけではないはずだ……」
つじつまがあっていないことだけは確かなのだが、それがどうしてなのかはわからない。
「マスター、ルビーはとりあえず縛っておきました。これで自分を傷つけることは出来ないかと」
アリスがさっきから部屋の隅でやっていた格闘がようやく終わり、ごろりと少女が床に転がされる。
「もし、これを見られたら言い訳できないな……」
今も洗脳されているルビーが何をしでかすかわからない(もしかしたら、自分を傷つけるかもしれない)ことを考えれば、これはやむを得ない処置と言えるだろう。
その代償として、もし誰か正気の人間がこのギルドに残っていて、きつく縛り上げられているルビーの姿を目にすれば、俺が人身売買をやっているという噂はきっと噂ではなくなる。
俺のせいではないが、俺の関係者がギルドを乗っ取るのも、これで二回目だし……。
「苛立った聖女メルルが次に何をしでかすかわからない。場合によってはギルメンを暇つぶしに処刑し始めるかも。その前に行動を起こしたい。アリス、時間を稼いでくれ」
「わかりました。マスター、可能ならばメルルを殺しても構いませんか?」
「それはダメだ。
――リモネがいる。
彼女のことを人質にしないと聖女メルルは言っていたが、信用は出来ない。
それに今は、洗脳能力の詳細もわかっていない。
まずはその正体を見破らないと、メルルの死がきっかけでリモネや他の全員が自殺する……なんて最悪のケースもありえる」
「わかりました、時間稼ぎに専念します」
なんだか懐かしい感じだ。前世でもこんな風に顔を突き合わせて、聖教会の追手から逃げおおせるための作戦会議をよくやっていた。
懐かしいだけで、嬉しいわけでは全くないけれど。
アリスを見送った俺たちは、2人して知恵を絞り始める。
「つまり、お師匠様はこう言いたいのですね。聖女メルルとは別の術師がいる可能性がある……と」
なるほど、と俺は心の中で呟いた。なぜなら全くそんなことは思いついていなかったから。
「そう言えば、昨日、聖女メルルは聖教会の騎士たちを連れていました。
聖女メルルは確かに聖教会のカリスマですが、騎士たちがそこまで彼女に心服していたとは思えません。彼らもまた洗脳され、転生薬を無理矢理飲まされたのかもです。
加えて、私が前世に残して来た転生薬は、セラフィに渡した一人分のみ。新しく転生薬を作る必要がありますが、そのためには条件があります。
それらをあわせて考えれば……さすがはお師匠様、ここまで考えが及んでいたとは……不肖の弟子・マジョルカはお師匠様に心から感服いたしました?」
「いや、話が全く分からないぞ」
「お師匠様、謙遜なさらなくてもいいんですよ?お師匠様がすべてをお見通しになっていることを、私だけは知っています?」
その口調から、マジョルカが俺のことをからかっていることを察する。
「焦らすのはやめて答えをおしえろ、これは師匠命令だ」
「つまらないことをおっしゃいますね、お師匠様?もうちょっと楽しませてくれてもいいのに?」
「あいにくお前と遊んでいる暇は、今回の俺の人生には一秒もない」
あぁん、ひどーーい、とマジョルカはうなだれた振りをする。そしてすぐに芝居をやめて、その瞳で俺をじっと見つめた。
「今回の犯人は、セラフィです」
「どうしてそうなる?」
「彼女は洗脳されたふりをしているんですよ、お師匠様。
星瞳術師には、洗脳は効かない。
けれど、洗脳が彼女の能力であるならば話は別です。
自分の意志で、洗脳にかかったふりをすればいいだけですから。
さらに私の”転生薬”――あれを作れるのもやはり星瞳術師だけなんです、お師匠様。あれは一種の星瞳術ですから……」
「つまりマジョルカ、お前はこう言いたいんだな。予知能力が進化して、セラフィは洗脳能力を得た。
確かに星瞳術において預言と洗脳は同じ系統だし、セラフィは天才と言っていいレベルで覚えもよかったから、その可能性は大いにある。
だが、動機がないだろう?
なんのために、セラがそんなことをするんだ?」
「決まってますよ、お師匠様を殺すためです」
「まさかお前じゃあるまいし、セラフィが俺を殺そうとするわけ……わけないよな……」
小動物を思わせるかわいくてはかなげなセラフィの姿を俺は思い出した。
末っ子弟子として一番、かわいがってきた彼女にまで殺されるほどに憎まれていたら、俺は立ち直ることが出来そうもない。
「いいえ、お師匠様。
私が、前世で彼女と最後に言葉を交わした時のことです。
別れの間際、彼女はこう呟きました」
『おししょー様の裏切者』と、マジョルカは確かにそう言った。
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