師匠、弟子に監禁される。①


 おめでたいのだから、パーティを開きましょうだったか、それともめでたいからパーティやろうぜなのか。


 俺のところにそんな提案が届いた頃には、もう言い出しっぺが誰なのか誰も知らなかったが、しかしもちろん反対する理由などない。


 ルビーが10年越しに呪いから解放されたこと。

 アリスの石化を解除できたこと。

 自分で言うのもなんだが、俺のクランロード就任とギルド加入。

 俺は祝いたくないけど、マジョルカとの再会。


 果たして言い出しっぺがどの理由でパーティを開こうと提案したのかは今となっては分からないけれど、何にせよ、今日がとてもおめでたい日であることに疑問を抱くほど俺も野暮じゃない。


 閉店後のカフェ・モノクロニズムを貸し切って、”なんだかよくわからないがめでたい”記念パーティは開催された。


 参加者は俺を入れるとアリス、リモネ、ルビー、マジョルカの5人。


 アリスが姉弟子・マジョルカに喧嘩を売ったり、視線恐怖症を克服したはずのルビーがアリスのその殺気におびえ、机の下に隠れようとして料理をひっくり返したり……騒がしいことこの上ない。


 俺はそんな風に弟子たちが騒がしくしているのを、満足しながら眺めていた。前世ではこんな平和なひと時は、とてもではないが望むべくもなかった。


 小さいけれど、確かな幸せが今、この場所にあることを俺は不本意ながら認めざるを得ない。それを認めてしまえば、マジョルカの、あの気の狂った弟子の手のひらの上で転がされている様で、とても悔しいけれど。


 しばらく椅子に座って酒を飲んでいたら、少し飲みすぎたらしい。酔い覚ましにバルコニーに出た。


 王都の無数の建物がそこからは見下ろせた。それらは例外なく茜色に染め上げられている。遠くに見える夕日がゆっくりと沈んでいく、それをぼんやりと眺めていると、リモネが声をかけてきた。


「――本当に悔しいわ。まさかあなたに先を越されるなんて……」

「リモネさん……なんの話ですか?」

「このギルドでまずはクランロードになる。それが今の私の目標。


 それなのに泥の中から助け起こしたあなたに先を越されるなんて……あの時、助けなければよかったかしら?」


「そんな……リモネさんには俺、とても感謝しているんです」


 リモネの顔が夕日に照らされて赤くなっている。俺の顔もきっとそうだろう。それは夕日のせいなのか、酒のせいなのか。


 それとも、もっと別の何かのせいか?


 リモネの顔を見ると、いつも心臓がドキドキするし、態度もどこかぎこちなくなってしまう。この感情がどこから来るものか、俺にはわからない。


「異世界から来たあなたは知らないでしょうけど、昔、竜人は人間に狩られていたの


 それも――食料として」


 唐突なリモネの告白は、俺を酔いから醒ますのに十分すぎる衝撃を俺に与えた。


「もうずいぶんと昔の話だけどね。竜人を食べれば不老不死になれるとか、竜の力を得ることが出来るとか、そんなくだらない迷信のせい。


 私のおじいちゃんもそんな竜人狩りの餌食になったらしいわ。


 この王国でも以前は竜人狩りは合法とされていて、無数の同胞が犠牲になった。


 そんな現状を変えたのが、ひとりの竜人の英雄。


 実力でこのギルドのギルマスにまで登り詰めた彼は、王国との交渉に臨んだ。


 内戦勃発間近まで交渉はもつれたらしいけれど、彼は一歩も引かずに、ついに国王は竜人狩りを禁止した。


 けれど、それだけじゃ人は変われない。


 私は彼みたいにこのギルドでのし上がって、彼の死後もまだ根強く続いている竜人差別を完全になくすことが目標なの」


 リモネの目の周りの氷の粒みたいな鱗が大粒の涙みたいに見えた。その涙さえも夕日が赤く染め、燃やしている。


「今、加入しているクランはその彼が作ったもので、まずはそのクランロードになる。それが私の夢の第一歩……まぁ、早速つまづいてるんだけどね」

「この間、俺はリモネさんにとても失礼なことをしてしまったんですね……」


 軽い気持ちでリモネを自分のクランに勧誘したこと、その際、彼女を事務員呼ばわりしてしまったことを、俺はとても後悔した。


「別にいいわ。自分でも気づいているもの。冒険者よりも裏方の仕事の方が才能もあるし、性にも合っているって……でも、悔しいものは悔しいの」

「俺がかわりに……俺があなたの夢を……」


 叶えます、そんな言葉は続かなかった。リモネが俺の唇に指を当てたからだ。


「気持ちはありがたいけれど、無関係なあなたに、そんな大事なことは任せられないわ……」


 得体のしれない衝動が身体の奥から駆け上がる。抑えようとして失敗し、それは暴発ぼうはつする。


「おっ俺はリッ、リモネさんッ、あなたのことがすっ……」


 その時、ぐらりと視界が歪んだ。酒を飲みすぎたか、そんな風に思う間もなく天地がひっくり返る。


 そして俺の意識は、夕焼けの中に真っ逆さまに落ちていった。

 

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