師匠と裏切者の弟子。②


 なーんて、冗談ですよ。


 どう考えても狂人の妄想としか思えない計画を聞いて、マジョルカの口からそんな言葉が出てくるのを、俺は期待した。


 しかし、一向にそんな都合のいいことは起きず、逆にマジョルカの微笑みは狂気と恐怖とを深めていく。


「お師匠様のために、あなたを敵意から遠ざけるために、あなたを悪意から守るために、あなたの安全のために、あなたの平和のために、あなたの自由のために…………


 お師匠様、私はお師匠様を殺したことに後悔はありません。


 すべては、お師匠様の幸せのために。」


 マジョルカ、俺は……俺はそんなこと望んじゃいないッ!!!


「たとえお師匠様が望まなくても、私には関係のないことです。


 私がこの世界に生を受けたただ一つの理由は、お師匠様に幸せになっていただくため、ただそれだけ。


 何度生まれ変わってもあなたの弟子になって、あなたを幸せにします」


 まるで蜘蛛の巣に捕らえられたような気分だった。前世の処刑も、この世界への転生も、すべてはこの狂いきった弟子の手のひらの上だったなんて。




 俺はパニックを起こしたまま、だけどマジョルカにアリスのことを指摘されると、そこに立ち尽くしていることすらも許されなくなった。


 困っている弟子を助ける。それがどんなときでも真っ先に果たすべき師匠としての義務だ。


 目の前の異端の魔女のことは頭の中からどうにか絞り出して、石化したアリスが安置されている地下へと向かった。


 石化や氷漬けにされ、かろうじて生きてはいるが、彼らを縛る魔法やら呪いの治療法が見つかるまで安置されているギルドメンバーたち。そんなギルメンたちが安置されている地下室。


 そこで俺はアリスを探し当て、そしてマジョルカから奪い取った小瓶の薬を振りかける。


 呪いが解け、硬直が解けたアリスがこっちに倒れ込んだ。それをしっかりと俺は支えた。


「……マスター、私は一体?」

「おかえり、アリス」

「すみません、私はまたマスターのことを守れませんでした」

「いいんだよ、もう全部解決したんだから」

「やっぱりマスターはお強いです」


 アリスと抱擁を交わし、俺達が再会を喜んでいた時、アリスが俺の肩越しにこう呟いた。


「……マジョルカ?」

「前世以来ね、アリス。新しい世界は気に入った?」

「師匠殺しの癖に、よくものこのこと私の前に顔を出せましたね」

「折角、治療してあげたのにそんなこと言うのね。お姉さん、悲しいなぁ」

「どの口が。マスターがことの真相を知れば、貴女は破門確定ですよ」


 ふたたび石化したみたいに硬直し始めたアリスの体に、俺の体が悲鳴を上げ始める。


「アリス、痛いッ!?」

「マスター、マジョルカは危険です。あなたの処刑も、あなたの転生も、すべては彼女が計画したこと。彼女はあなたを裏切ったんです。今すぐに破門にしてください」

「もとはと言えば、あなたがお師匠様を見限ったのがそもそもの始まりだということを忘れないで。私はそのしりぬぐいを”完璧”で”完全”な形で実現しただけよ。お師匠様、アリスの方こそ破門すべきです」

「マジョルカ、貴女が……」

「アリス、あなたが……」 


 俺は我慢の限界に達し、アリスの拘束攻撃からようやく逃れて、こう叫んだ。


「いい加減にしろ、お前らッ!!!」

「マスター、どっちを破門するか今すぐに決めてくださいッ!!!」

「お師匠様、でないと二人とも弟子をやめますッ!!!」


 2人の勢いに俺の威勢はどこかに吹っ飛んでいき、俺はそんな二択を迫られる。

 アリスか、マジョルカか。

 そんなのは迷うことではなかった。


「お前ら、まずは俺の話を聞いてくれ」


 アリスが俺を見限ったことについて、今更とやかく言うつもりはもちろんない。

 もうアリスとはとっくに和解済みだ。


 では、マジョルカはどうか?


 彼女の口から聞かされた突拍子もない真相は、とても今日明日で飲み込めるようなものではなかった。それに今更とやかく言っても、マジョルカを破門してみても、取り返しがつく訳でもない。


 俺は考えることを放棄した。


 要するに、俺は2人の弟子の争い(というかマジョルカの処遇)に関しては、全てを未来の自分に放り投げ、そして、今、解決しなければならない問題だけを考えることにした。


「2人とも俺のクランに加入してくれ。これは師匠命令だ――」


 かくして長い歴史を持つ……らしいクラン・”暖炉に投げ込め!ライブラリ・アウト”を、俺はどうにか解散危機から救ったのだった。

 



 


 

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